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DATA : 『星のふるさと』 鈴木壽壽子 文 誠文堂新光社 1975年発行
110ページあまりの薄くて小さくて可愛い本。1984年に550円で買いました。
火星は,だいたい2年2ヶ月(780日)ごとに地球に接近します。
けれど,地球の軌道がかなり円に近いのに対して,火星の軌道がかなりの楕円であるために,火星軌道上のどの位置で衝を迎えるかによって,同じ衝でも火星と地球との距離に差が出てくるのです。それが,大接近とか中接近とか小接近とか呼ばれるもので,大接近と小接近では,火星の視直径に大きな違いが出てきます。
大接近だった1971年の視直径は24".9,1988年は23".8だったのに対して,小接近だった1980年ではたったの6".9。こんなにも違うのです。火星がその軌道上で遠日点を通過するのは,地球の2月下旬。近日点を通過するのは,8月の終わりですから,2月から3月にかけて衝になると小接近となり,8月から9月にかけてだと大接近になるというわけです。
幼かった私が初めて見た1971年8月の火星は,当時1956年以来の大接近で,多くの天文ファンの記憶に懐かしく残る好条件の衝でした。
このとき,15年ぶりに帰ってきた小さなオレンジ色の惑星を,愛おしんで優しく優しく観ていた女性が,コンビナートの火が瞬く三重県四日市市に住んでいました。
彼女は口径6cmの望遠鏡で,ありったけの愛情をこめて火星を見つめ,そこから沢山のメッセージを受け取り,スケッチブックに書き付けたのです。それは,口径6cmを思うと驚くばかりの正確なスケッチであり,美しくもあり,一方,そこに付されたコメントは,詩的にその夜の火星との語らいを綴っていました。彼女の観測は,星を恋う記録でありながら,共に生きる人たちへの大きな祈りがこもっています。スケッチに付された短文一つ一つに,そしてカラーケント紙に綴られていたという“星のふるさと”という随筆の一編一編に,私はそれを感じ,彼女のメッセージが自分の心の奥深くにしみ入っていくのを感じます。
彼女,鈴木壽壽子さんの『星のふるさと』を初めて読んだとき,丁度“星愁”を書き始めていた私は,彼女のメッセージが私の持っていた星への想いと同化して,星を見上げる心を洗い清めてくれているような気がしたものです。本を読みながら,いつしか私の頬には涙がつたっていました。亜硫酸ガスの霧の中で知った人が亡くなっていくのを目の当たりにしながら,「データが欲しい,ほんの小さなものでもいいから,空が汚れていったデータが欲しい」と彼女は願い,その情熱が彼女を観測の人にしていきました。自然からのメッセージを受信し続ける通信士。“観測”というものを自分なりに解釈し定義して,いつしか彼女は観測家を夢見るようになり,着実にその道を歩き始めます。
その彼女の暖かな語りにふれる時,私は遙かな時と空間を越えて,彼女と同じ大接近の火星を見上げた幼い自分に戻り,あの日の風景を鮮やかに思い出し,そして,星を見て夢を膨らませた昔の心に帰るのです。空を見上げても心が逸らない,星を見ることすらも面倒に思えるような疲れた日,私はこの本,鈴木壽壽子さんの『星のふるさと』を読んで元気をもらいます。
(1998-09-03)
『星のふるさと』について様々な情報を提供なさっているサイト様です。
興味を抱かれた方は,ぜひ。(2010-01-21追記)