ヴィーナス

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『天界』1999年5月号掲載


 金星。郷愁を誘う星だ。

 宵の明星を見れば,高校一年の九月,文化祭の準備で遅くなり,薄暗くなった道をまっすぐ西へ向って帰る時,行く手に輝いていたのを思い出す。毎夕毎夕,金星を見ながら,金星に向って私は帰った。
 夜明けの明星を見れば,高校二年の八月,一晩中晴れなかったペルセウス座流星群の日の夜明け,ほんの一瞬,雲の間から宝石のような素晴らしい輝きをのぞかせたことを思い出す。燃え上がるようなその姿に圧倒され,言葉を失った。
 金星を見る度,瞬時それらの思い出が脳裏を駆け巡り,また会合周期が一周したのかと思う。

 ヴィーナス −− 愛と美の女神の名にふさわしいあの輝きが,あまりにも強烈に風景と共に心に焼きつけられるので,この星はいつも郷愁を誘うのかもしれない。

夕暮れの月と金星
夕暮れの月と金星

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