14.赤い星と下の星

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Illustrated by Mitsue Sakaguchi and Yukiko Tsuchiyama.

 キャンペーンの開始前だというのに,日本変光星研究会ミラキャンペーン係の高橋さんは,あっという間に観測報告のレスポンスをくれた。そして,赤い星が明るく見える理由や対策を,丁寧に説明してくれた。さすがのキャンペーンだ。

星くじら

 やはり亮介も言った通り,赤い星は明るく見える傾向があるらしい。
 望遠鏡などの観測機材が持つほんの小さな色収差がその原因の一つで,青い星より赤い星の方がピントが合いやすく,そのせいで明るく見えるということだった。また,他にも明るい光学系を使って観測した場合や,低い高度で観測した場合にも,赤い星は明るく見える現象が起こるとのこと。低い高度で明るく見えるのは,夕陽が赤いのと同じ理由でよくわかる。波長の短い青い光は,分厚い大気の層に吸収されてしまって私達の目まで届かないのだ。
 赤い星はじっと見つめたりするとますます明るく見えるから,その前にさっさと目測を済ませてしまうのが得策のようだ。だがそう簡単にもいかないというわけで,対策として,わざとピントをずらして観測することを教えてもらった。赤い星も青い星もピンボケだったら条件は同じになるというわけだ。そのついでに,どうしても光度差が分からないとき,ピントをずっとぼかしていって先に見えなくなった方を暗い星と見積もる方法も教えてもらった。いつも,一生懸命ピッタリ合わせようと努力しているピントなのに,こうやってわざわざぼかして活用する分野があったとは。

 メールで話を聞くうちに,私は次の観測をしたくてたまらなくなってきたのだったが,この秋の京都は天気が悪く,それから2週間も,観測できる晴れた夜は訪れなかった。
 とうとうその夜がやってきたのは,11月に入って1週間ほどたった日曜日。

 久しぶりに晴れたその宵,私達は,まず双眼鏡でミラを探してみることにした。よほど変な挙動を示していない限り,この2週間で,ミラは飛躍的に明るくなっているはずだ。今まで星図と望遠鏡が欠かせなかったミラだけど,もう口径50mmの双眼鏡で確認できてもおかしくなかった。
 そして,「あった!」。
 先に双眼鏡をのぞいていた私が声を上げる。ミラは,双眼鏡の視野の中で十分な光を放っていた。ほんの1ヶ月ほど前まで9等星だったミラが,双眼鏡で観測できるのだ。何てすごい増光だろう。

双眼鏡で観測

 私は『ミラ観測ハンドブック』を頼りに前回と全く違う比較星を選定し,観測にかかった。ところが双眼鏡を覗くなり,再び面食らうことになる。
 「えーっ,どうしよう!!」
 透かさず亮介が答えた。
 「6.4等と6.7等が同じに見えるんでしょう?」
 「えーっ,なんでわかるの?」
 「それどころか,6.7等の方が明るく見えるくらいだよぉ。」
 と私。
 「下の星は明るく見える」

 そういえば,以前そんな話を聞いたような覚えがあった。
 通常私たちの見る風景の上半分は明るい空,下半分は暗い地面であることから,人間の目は,視野の上方には感度が低く,下方には感度が高くなっている。だが,それがここまで大きく影響するものだとは思いもしなかった。 0.3等も明るさが違う星が,逆転して見えてしまうとは。
 やれやれ,一難去ってまた一難だ。私は,比較星の 6.4等星と 6.7等星ができるだけ視野の中で両眼と平行になるよう首を傾げた。よほどうまく首を傾げない限り,傾げている最中にミラも比較星も双眼鏡の視野の外へ行ってしまう。思わぬ苦労があったものだ。
 しかし,少しばかり観測にも慣れてきた私は,やがて 6.5等という目測を出して双眼鏡を亮介に渡した。

 たった十日ほどで,ミラは 1.5等も明るくなっていたのだった。観測を終えて一息ついた私は,今度は十日前に星図を頼りにミラを導入したときと同じ望遠鏡で,ミラを見てみることにした。是非とも前回の観測と同じ条件で,ミラの増光を感じてみたかった。星図とも,もっと気軽な友だちになりたかった。
 そして,今度もそれほど苦もなく,やがてミラは望遠鏡の視野の中に姿を現した。

 思わず声が出る。横にあるのは相変わらずの 9.2等。以前はそれとほとんど変わらない明るさだったミラは,隣で見違えるほど燦然と輝いていた。 9.2等星は,可哀想なほど地味に見える。
 何という違いだろうか。十日前との違い,そして 9.2等星との違い。しかも,ミラはこれからもっともっと明るくなっていくのだ。
 私は長い間,アイピースの前から動けなかった。


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