11月の終わりか12月の初め,ミラは極大を迎えていた。極大光度は私の観測で 4.7等。他の人々の結果を見ても,やっぱりだいたい4等代後半といったところだ。観測史上かなり暗い極大になるらしい。初観測の極大が暗いというのは寂しい気もするが,珍しく暗い極大を見られたのだと考え直せば,次回以降の極大の動向が楽しみになって,かえって得だったかもしれないとも思えてくる。
11月初旬からの驚くばかりの増光の勢いがすっかり止まり,どうやら極大に達したと思われると,今度は減光の兆候を読みとろうと私は目をこらし始めた。過去の光度曲線を見る限り,ミラは極大を迎えた後,増光の時ほどの急激さは無いにしてもそれなりの曲線を描いて光度を落とし始める筈だった。
しかし,なかなか減光は始まらなかった。
太陽黒点の11年周期の場合,黒点数の多い周期は極大のピークが鋭く,黒点数の少ない周期はピークがなだらかになる傾向があるが,何だかこれと似ている気もする。ミラも暗い極大のときは比較的勢いが緩やかで,なだらかなピークを描きながらゆっくりと増光しゆっくりと減光していくのだろうか?
11月20日の観測で4.8等を記録して以来,1ヶ月たっても4.8等とか4.9等という目測が続いていた。おかげでミラはけっこう長い間肉眼で確認できる状態にあり,私は生まれて初めてミラの見えるくじら座を堪能したのだった。ミラを観測してみようと思わなかったら,きっと一生ミラを意識してくじら座を見ることはなかっただろう。12月の半ば過ぎにシーズン最後のたて座Rに別れを告げた後,私は明るさの変わらないミラだけを追い続けた。
今日は暗くなっているかな?
暗くなっていたら寂しいかもしれないという気持ち半分,暗さの兆候を見逃したくない気持ち半分,数日おきに双眼鏡をのぞき込む。そしてそこに明々と輝くミラを見つけては安心を繰り返す。1998年12月のミラは,キャンペーンのゆかりとなったクリスマスを祝うように,安定した明るさを保ち続けたのだった。そうしてようやくミラの光度が5等代に落ちてきたのは,年も押し詰まってからのこと。1998年大晦日に観たミラは,5.0等。極大を迎えて,その後40日ほどの間にたった0.2等しか暗くならなかったことになる。
10月下旬から11月下旬までの30日間には約4.2等も増光したのだから,その増光と極大後の停滞の対比は鮮やかで,光度曲線はまるで歪な台形のようになっていた。