星の停車場 (28)
カメレオン座・こじし座

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 暖かくなって大気も安定し,星を見るにはよい季節です。梅雨明けまで春霞と悪天候が続きますが,たまに空が美しく澄み渡ることもありますから,そういう日を逃さず空を見上げてみましょう。星の数は少ないながらも,春らしいのんびりした星空が広がっています。
 今月は,そんな目立たない春の星座の中でも特に控え目な2つの小星座,カメレオン座と こじし座をご紹介しましょう。

カメレオン座の星図

 もしかしたら,「カメレオン座なんて名前も聞いたことがない」と仰る方がいらっしゃるかもしれませんね。それもその筈,カメレオン座は,天の南極近くにあって日本から全く見えず,結びつく神話も伝説もなく,おまけに4等星以下の無名の暗い星ばかりという三拍子が揃った星座なのです。

 星座の成立はおそらく15世紀。南方の国々へ探索を始めた大航海時代のヨーロッパ人航海士達が,初めて見た南半球の星空に自分たちの航海を通じて発見された珍しい鳥や動物を記念して描いた星座の一つです。
 これらはオランダ人航海士ピエトル・ディルクス・ケイザー(ラテン語名ペトルス・テオドリ)とフレデリック・デ・ホウトマンによってまとめられ,それを地理学者で地図作製者だったオランダ人ペトルス・プランチウスが1598年に制作した天球儀で明らかにしました。しかしこれらの星座を一般に広めたのは,ドイツのヨハン・バイエル(1572-1625)が1603年に発行した星表『ウラノメトリア』であったため,カメレオン座の他,ケイザーとホウトマンによる12星座の設定者をバイエルとしている資料が多いようです。
 古くは はえ座と共に扱われ,“ハエを伴うカメレオン”と呼ばれたり,中世のキリスト教中心の時代には ふうちょう座・はえ座と合わせて旧約聖書のイブを表すと言われたりしました。

 さて,このカメレオンとは一体どのような動物でしょうか?
 樹上生活をするトカゲの仲間で,主にアフリカ大陸とマダガスカル島に住んでいます。体色が黄・緑・褐色に自在に変化することで有名ですね。木の上では,このような複雑な体色が保護色となるのです。航海士達は,カメレオンの変わりやすい体色と予測不可能な海の上を重ねて見たのではないか,などとも言われます。

 R.H.アレンの『STAR NAMES』によると,カメレオン座の星々に名前をつけていたのは中国人だけで,中国ではαθηιεμ等を“小斗”(小さな測定器具 or 小さな柄杓)と呼んでいたそうです。

こじし座の星図

 次に,しし座に寄り添う小さなライオン,こじし(小獅子)座。
 カメレオン座に負けず劣らず暗い星ばかりの伝説もない寂しい星座ですが,それというのも,この星座はドイツ人ヨハン・ヘベリウス(1611-1687)が,おおぐま座と しし座の隙間を埋めるために作った星座だったからです。
 1787年に出版されたヘベリウスの遺作星図の中で,こじし座は 獅子の頭の上にうずくまるように描かれており,星座一番の輝星である3.8等の46番星にはプラエキプア(Praecipua)という固有名が付けられていたそうです。プラエキプアは“主要なもの”とか“素晴らしいもの”という意味のラテン語で,この名はイタリアの天文学者ピアッツィ(1746-1826)の『パレルモ星表』でも採用されています。

 こじし座についての最も古い言及の一つは,アラートス(B.C.315-240)の『ファイノメナ』にある“大熊の後ろ足の下の,星座に加えられておらず名づけられていない星々”というもので,このほか,古代アラビア人は,おおぐま座の項(『星屑』2001年5月号)でお話したように,獅子に驚いて逃げるガゼルが飛び込んだ池であると考えていました。

 また,中国人たちは しし座・こじし座・かみのけ座を含むこの周辺に,五帝座・太子・従官・幸臣 ・五諸侯・虎賁・少微など皇帝に仕える役人たちの星座を置いています。
 中国の星座は紀元前に成立した古いものですが,同時に,西洋の影響を全く受けていない独特の体系が注目されています。天の皇帝である北極星を中心に,皇族・官僚・軍隊・庶民など実際の組織や官職の名を用いた星座が取り囲んだ形式で,北極星から遠いほど宮廷を離れた庶民的な星座となっているのが特徴です。このため,同じ星でも尊い星座や卑しい星座が存在しています。星座は約280個ほど知られますが,日本の星の呼び名に影響を及ぼしているものも少なくありません。

熊本県民天文台『星屑』2003年4月号掲載

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