星の停車場 (2)
うさぎ座

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 冬の王者オリオンの足下に輝くうさぎ座は3等星や4等星ばかりで構成される星座ですが,南の開けた暗い場所では意外に目立つ存在です。星を丹念に繋いでいくと,まるでオリオンに追いつめられた獲物そのものといったウサギの姿が鮮やかに浮かび上がり,この星座が,プトレマイオス以前より親しまれてきた古い星座であることに,思わずうなずかされてしまいます。
 うさぎ座には神話もなく,オリオンが最も好んだ獲物が天上でも足下に据えられたと言われますが,α・β・γ・δの4星で作る台形が目につくためか,アラビアではオリオンの台座やラクダの姿などに見られていましたし,エジプトでは聖なる父にして冥界の大神でもあるオシリス神の船に見られていました。
 うさぎ座の星たちは,この4星を中心に名を与えられています。

 α星は台形の中で最も明るい2.6等。うす黄と灰色の対比が美しい二重星としても知られるこの星は,“アルネブ”または“アルシュ”という名を持つ超巨星です。アルネブは,ウサギを意味するアラビア語《アル・アルナブ》が語源。小星座のα星には星座の名前がついているものが多く,アルネブもその一つです。
 一方アルシュという名は,α・β・γ・δの4星に与えられた《アル・アルシ・アル・ジャウザ(巨人の玉座)》というアラビア名が語源。4星をオリオンが座る玉座に見立てたもので,一番明るいα星が代表としてこの名で呼ばれたのでしょう。
 アラビアには4星がオリオンの足下に位置することと関連づけた名前が他にもあり,《アル・クルシイ・アル・ジャバル(オリオンの足台)》という呼び方も知られています。
 うさぎ座をオリオンと共に眺めると,獲物になったり台座になったり,確かにいろんな見方ができるような気がしてきますね。

 2.8等のβ星は4星の中で2番目に明るく,“ニハル”という名を持っています。
 ニハルの語源はアラビア語の《アル・ニハル》で,喉が乾いたラクダ,という意味です。この名も4星全体につけられた名前でしたが,α星にはすでに固有名がついていたためβ星の名として定着したものでしょう。
 うさぎ座は,冬の大三角の中を流れる天の川から少し離れた所に位置します。このため,4星は水を飲むために天の川へ向かうラクダとして描かれ,喉が乾いたラクダ=アル・ニハルと呼ばれていたのです。

 以上で4星の話はお仕舞いですが,うさぎ座にはもう一つ,特別な称号を持つ星があります。一般には“ハインドのクリムソン星(深紅色星)”として知られる長周期(ミラ型)変光星Rです。

 うさぎ座RがJ.R.ハインドによって初めて観測されたのは,1845年10月。この星は,そのくすんだ赤色に魅せられた多くの人々によって,“深紅色の宝石”“光る石炭”“光に照らされた血のしたたり”などと表現されてきましたが,最初の観測者ハインドの「最も強烈な深紅色で,背景の空に付着した血滴のようだ」という言葉にちなんで“ハインドのクリムソン星”として知られるようになりました。
 うさぎ座Rの変光は,427日周期で5.5等〜11.7等の範囲。ミラ型変光星の常として,極大付近では表面温度が高くなって色が少し変化します。「R Lep のワインレッドの前では,アンタレスやベテルギウスでさえも単なる淡い色合い」と述べたアグネス・クラークは,続けて「増光時には色合いが薄くなり,極大付近では,その強烈な赤さは銅色になってしまう」とも述べています。うさぎ座Rの赤を楽しみたかったら,表面温度が低い極小期を狙った方がよさそうです。前回の極大は2000年5月頃でしたから,この冬のうさぎ座Rは暗く,存分に有名なワインレッドを楽しめることでしょう。

熊本県民天文台『星屑』2001年2月号掲載

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