星の停車場 (19)
おおかみ座

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 先月は梅雨の晴れ間の南天を彩るケンタウルス座についてご紹介しましたが,今月は,このケンタウルス座と切っても切れない関係にある おおかみ座のお話です。

 おおかみ座には特別明るい星がなく,しかもケンタウルス座と並んで南の空低いため印象が薄い星座ではありますが,実はそこそこの明るさの星が集まっていて,隣のケンタウルス座と合わせると意外に豪奢な印象を与えます。星図では6月15日21時30分の熊本市から見た おおかみ座を再現してみましたが,札幌市まで北上するとα星もμ星も地平線下へ隠れてしまうのです。全景を楽しむことができる環境に感謝しつつ,おおかみ座の星々を結んでみましょう。

 おおかみ座は,隣のケンタウルス座と共にプトレマイオスの48星座に含まれる起源の古い星座ですが,古くはケンタウルス座の一部と考えられていました。星座絵を眺めると,おおかみ座はケンタウルスが槍で突き刺している獲物として描かれていますね。
 この絵の通り,当初,おおかみ座は狼ではなく単なるケンタウルスの獲物の“野獣”(Wild Animal)と見られており,紀元前3世紀頃のギリシアの詩人アラートスも,『ファイノメナ』で「ケンタウルスが右手で捕らえている野獣」と表現しています。このほかヒッパルコスもプトレマイオスも“野獣”と呼んでいましたが,『アルフォンゾ星表』(1252年)で初めて おおかみ座(Lupus)という名を与えられました。
 ケンタウルスの槍の上にあったことから,おおかみ座はホスティア(犠牲),ヴィクティマ・ケンタウリ(ケンタウルスの犠牲),ビクティム(生け贄)のような名前でも呼ばれ,さそり座の南にある南天の星座 さいだん座は,この生け贄を捧げるための場所であるともいわれます。
 また,ケンタウルス座となったフォーロスが酒の神ディオニュソスの養父の子であったことと関連してか,ケンタウルスは祝い酒の袋を携えた姿で描かれている場合があり,おおかみ座をケンタウルスが持つ“ぶどう酒を入れる皮袋”であるとする説や,ケンタウルスは獣とワイン袋の両方を掴んでいたとする説が知られています。

 ギリシア神話は,そんな おおかみ座を,大神ゼウスの怒りに触れたアルカディア王リュカオンの姿としています。
 リュカオンはゼウスの孫で おおぐま座になったカリストの父とされ,カリストの他に50人の息子を持っていました。リュカオンと息子たちは残虐な性格で民を苦しめていたため,ゼウスが旅人に扮してアルカディアを訪ねるてみると,リュカオンと息子たちはカリストの息子アルカスを殺して料理し,もてなします。この行いに怒ったゼウスは息子たちを雷で撃ち殺し,リュカオンを残虐で非道な性質にふさわしい狼の姿に変えて天にさらしたということです。このとき殺されたアルカスはゼウスによって甦りますが,後に熊の姿にされたカリストとの悲劇的な再会の末,こぐま座として天にあげられています。

 キリスト教的には,旧約聖書の中で,イスラエル12部族の父とされるヤコブが末の息子ベニヤミンを狼に例えた(※)ことから,おおかみ座はベニヤミンに例えられた狼,もしくはベニヤミン自身の姿と見られたことがあったようです。

(※財団法人日本聖書協会『聖書』新共同訳より 創世記49章27節;ベニヤミンはかみ裂く狼,朝には獲物に食らいつき,夕には奪ったものを分け合う)

 このほか,アラビアでは,おおかみ座のあたりを“雌ライオン”という意味のアル・アサダーと呼んだり,ケンタウルス座の一部と共に“ヤシの枝”又は“葡萄の枝”と見ていましたし,アッカド地方では“死の獣”“死神たちの星”と呼んでいました。
 おおかみ座には伝統的固有名がついた星はありませんが,中国ではα星(2.3等)を“南門”,β星(2.7等)を“騎馬隊将校”の名で呼んでいます。中国では,このあたりの星にはもっぱら軍事関係の名前がつけられていたようです。

 おおかみ座の周辺は明るさのそろった星が多数集まっていることが特徴ですが,実はこのあたりの星々は空間的にもゆるやかな集団を作っており,距離や絶対光度を調べると非常に似通った星ばかりであることがわかります。この大きな集団は“さそり−ケンタウルス運動星団”と呼ばれ,天の川と平行にカノープスの方向へ進んでいる若い星たちの集まり。おおかみ座α(430光年),β(540光年),γ(570光年),δ(680光年),η(570光年)などがそのメンバーです。
 おおかみ座は異例なまでに二重星が多い星座としても有名で,単に同じ方向に見えるだけのものから空間的なペアまで,そして肉眼でわかるものから望遠鏡でも分解できないものまで様々あります。双眼鏡や小望遠鏡で楽しめる星は,北から順にξ(5.3等/5.8等)・ψ(4.7/4.8)・φ(3.6/4.5)・ψ(4.7/4.8)・η(3.6/7.9)・τ(4.6/4.4)・μ(4.4/7.2)・ν(5.0/5.7)・κ(4.1/6.0)など。春から夏にかけては大気も安定していますから,南の地平線近くの星まで順番に探してみても楽しいでしょう。

熊本県民天文台『星屑』2002年5月号掲載

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