星の停車場 (22)
はちぶんぎ座・つる座

※当ページの転載・複製は,一切お断り致します。
Copyright (c) 2002 Yukiko Tsuchiyama. All rights reserved.

 厳しい暑さも一段落。夜の長さと日差しの柔らかさを実感する十月です。日に日に空が高くなって星々も輝きを増すようですが,そんな澄んだ大気を通してさえも,十月の星空はかすかです。目立つのはペガススの四辺形と,みなみのうお座のフォーマルハウトだけでしょうか。昨年はペガススに寄り添う こうま座と南天のインディアン座についてお話しましたが,今回は最も南にある星座 はちぶんぎ座と,地平線すれすれに羽を広げる つる座をご紹介しましょう。

 まずは,天の南極に位置する はちぶんぎ座。
 はちぶんぎ座は,もちろん日本では全く見ることができませんし,赤道直下のシンガポールへ行っても,星座全体を一度に見ることはできないという生粋の南天星座です。けれど一番明るいν星でも3.8等ですから,例え南半球へ出かけても,はちぶんぎ座を結ぶのは苦労するかもしれませんね。固有名を持つ星もありません。
 はちぶんぎ座は,フランス人の天文学者ニコラス・ルイ・ラ・カイユ神父が,1730年にイギリス人の数学者ジョン・ハドレーによって発明された八分儀を記念して1752年に設定したもので,1763年発表のラ・カイユの遺著で“ハドレーの八分儀座”として知られました。まさに18世紀の息吹を伝える星座と言ってもいいでしょう。

 八分儀とは海上で天体の高度を測定して船の位置を決めるための道具で,これを改良して現在の六分儀が作られています。
 ○○分儀の名を持つ星座は,他に ろくぶんぎ座と今は無き しぶんぎ座がありますが,これらは全て,円周を数等分した扇形の円周に角度の目盛りをつけた角度測定器です。4等分(45度)したものが四分儀,6等分(60度)が六分儀,8等分(45度)が八分儀で,天体の地平高度や水平線高度,天体同士の視角などを測るために用います。

 はちぶんぎ座で唯一にして最も注目される存在は,一見何の変哲もない5.5等のσ星。そう,天の南極から1度ほど離れたところで“南極星”の役割を果たす星ですが,2.0等の北極星と比べてあまりに地味な存在なので,星空案内に不向きとされて評判が良くありません。
 みなみじゅうじ座α(αCru, 1.4等)と みずへび座β(βHyi, 2.8等)を結んだ線を3等分すると,みずへび座βより1/3の所に輝いていますので,機会がありましたら探してみましょう。

 次に,熊本の空にあっては南国の恩恵を満喫できる つる座。  星図では10月5日22時の熊本市の空を再現してみましたが,星座境界線の最南端でさえ地上に出ています。東京23区まで北上するとζ星が地平線上1.4度,札幌市ではβ星も地平線下になるのですから,全景を楽しむことができるのはとても恵まれたことなのです。

 つる座はフォーマルハウト(αPsA, 1.2等)の南に位置し,胴体に輝くα(1.7等)・β(2.1等)と,頭のγ(3.0等)を捜して足下まで星を繋ぐと,脚長のツルの姿が浮かびます。まるで上(北)の,みなみのうお座をついばんでいる様ですね。15世紀のスペインの航海家は,やはり脚の長い鳥“フラミンゴ”の名で呼びましたが,バイエルによってツルになったと言われます。
 つる座は,ドイツのヨハン・バイエルが,オランダの航海士ピエトル・ディルクス・ケイザー(ラテン語名ペトルス・テオドリ)の手記を参考に星表『ウラノメトリア』(1603年)で制定した星座の一つ。日本でお目出たい鳥とされるツルは,西洋でも天頂高く飛ぶ姿から縁起の良い鳥とされ,エジプトでは天文学者の象徴,またローマの鳥占いではワシやハゲワシと並んで尊ばれていたそうです。

 つる座に関連したギリシア神話は特に知られませんが,キリスト教関連では『旧約聖書』エレミヤ書(*)に出てくるコウノトリとされていました。同書の同じ節でツルの名も出ているのですが,何故コウノトリなのでしょうね。(* 財団法人日本聖書協会『聖書』新共同訳より エレミヤ書8章7節;空を飛ぶこうのとりもその季節を知っている。山鳩もつばめも鶴も,渡るときを守る。)
 このほか古代アラビアでは つる座のαとβを“二羽の鳩”と呼び,西太平洋のマーシャル諸島の人々は つる座を魚釣りの釣り竿に見ていました。

 固有名を持つ星はαとγで,αはアラビア語で“輝くもの”という意味のアルナイル。もともと“魚の輝星”という意味で,古代アラビアで みなみのうお座に属していた名残です。α星のほか,βδθιλなどが みなみのうお座に含まれたのではないかと考えられています。
 γ星アルダナブはアラビア語の“尾”が語源で,デネブ(はくちょう座α),デネボラ(しし座β),デネブ・カイトス(くじら座β)などと同じ語原です。つる座では目の位置にあるので,やはり古代アラビアの星座が語原でしょうか? 詳細は不明です。

熊本県民天文台『星屑』2002年10月号掲載

Home    星の停車場星の停車場