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S大学地学研究会OB会誌『OBINET』1990年冬号掲載
☆太古。おそらく、神話時代の地球。「セント・エルモの火」と呼ばれるその炎は,夜,遠くの山の中腹で,いくつも並んでゆらめいていた。人々は,それを見ることすら恐れているのだった。
その炎を初めて見たとき,私も,全身に戦慄が走るのを感じた。何故なら,それは,呪いの魔法をかけられた人間や動物たちの,変わり果てた姿だったのだ。彼らの悲しみや恨みの心が炎のように燃えているのだという。そして,さらに恐ろしいことに,彼らは近づく者たちに襲いかかり,自らと同じような炎に買えてしまおうという,執念深い意志を持っていた。その「セント・エルモの火」の魔法を解く方法というのが,たった一つだけ知られていたが,それは,こういうものだった。バンパイアの血で作ったチーズを手に入れ,それを炎に食べさせるのだ。だが,そんな胸の悪くなるような代物は,いったいどこを捜せばあるというのだろう? ところが,私には,それを手に入れることが可能かも知れなかった。何故なら,私にはバンパイアの叔父がいたのだ!
叔父の住む,暗く寒い洞窟の城を訪ね,私は,渋い顔の叔父を付け回し,くどくどと「セント・エルモの火」の説明をし,チーズを分けて欲しいと頼みこんだ。
叔父は困り果てた。そのチーズは確かに存在したが,少しでも人間の手に渡すなんて,それが例え姪であったとしても,バンパイア一族にとっては言語道断の行いだった。けれど,夜が明け始めており,眠らなければならない時刻が迫っていた。彼としては,チーズを少しでも手に入れるまでは自分にくっつき回るつもりらしい姪を,何としても追っ払う必要があった。さあ,倫理か健康か? やがてニワトリの声が聞こえ,ついに彼は面倒臭くなり,チーズを少しばかりくれてやって,私を追っ払うことに決心したのだった。バンパイアの血で作ったチーズ。どんな不気味なものかと思ったが,それは,どこから見ても普通のチーズ。ただの,ばかでかいスライスチーズだった。バンパイアの血って,もしかしてミルクなの? 「生血」じゃなくて「生乳」を吸うバンパイア。少しも様にならない。
だが,とにかく私はまんまと戦利品をせしめたわけで,これから「セント・エルモの火」を救いに行くのだ。まるで,勇士ペルセウスになった気分。不思議なことに,チーズは「セント・エルモの火」と引きつけ合うのか,火へ向かって飛んで行こうとするので,空飛ぶチーズにしがみついての出陣と相成ってしまった。チーズはよろよろと,だがそれなりにけっこうなスピードで「セント・エルモの火」の山を目指して飛んで行く…。一方「セント・エルモの火」は,早くも私の気配に気がついていて,私が到着しようものなら,すぐさま襲いかかってやろうと待ち構えていた。彼らにとって,私は久々の餌食なのだ。
私はと言えば,そんなこととはつゆ知らず,チーズさえあれば百人力と,すっかり気楽に構えていた。油断大敵,危機一髪。私は火に飲み込まれる寸前に,どうにかこうにかチーズの切れ端をその中に投げ込んだ。そこに展開されたるは,この世のものとは思えぬ幻想的場面。火は,むさぼるようにチーズを飲み込み,のたうちまわり,その炎の色をオレンジから黄緑に,緑に,青に,紫にと変化させ,さらに幾度も身をくねらせて,反り返り,輝きながら,やがてゆっくりと,一頭の馬の姿へと変わっていったのだ。私は,息を飲み込んでその場に立ちつくした−−。
☆目覚まし時計のペルが鳴り,いきなり現実の世界へ引き戻された。
何て事はない,夢だったのだ。
私はがっかりした。リモコンでテレビのスイッチを入れると近畿地方のニュースをやっている。ありふれた平日の朝。今から会社に行かねばならないのだ。
…けれど私の脳裏には,さっきの,炎がのたうちまわりながら変身していく光景が焼き付いていて,現実とのギャップに,しばし茫然となっていた。セント・エルモの火!
私はこの単語を知っている。確かに知っている筈だ。何だっただろう?
直感的に,海に関係があるという気がした。不知火のようなものだっけ,いや,違う。朝の慌ただしさの中,私はイライラしながら外来語辞典を引いてみたが,見つけ出すことはできなかった。
結局その日は,会社で仕事している最中も,セント・エルモの火のことが気に掛かり,炎がのたうちまわる光景を思い出し,夢の余韻から覚めやらずに過ごしてしまった。それに何故だかわからないが,夢のファンタスティックな印象が,十年も前に一度読んだきりで,すでに内容も忘れてしまった『オズのオズマ姫』という本のことを思い出させ,どうしても読み返さねばならない気にさせた。
☆数日後。いつものように眠る前,野尻抱影『星三百六十五夜』の,その日の日付のページを読んでいた時だった。突然私はひらめいた。
カストルとポルックス! カストルとポルックスなのだ,セント・エルモの火の正体は! この本の,双子座讃歌のページに書いてあった…。嵐の夜,マストの頭に現れる空中放電現象。
これが現れると,どんな激しい嵐も鎮められると言われ,昔,船人たちは,この火のことを航海の守護神と仰がれた,カストルとポルックスの名で呼んだのだ。
にわかに彼らふたりは,金じきの翼に虚空を切って姿を現わし,
たちまち無惨なる嵐をやわらげ,白き海づらを鎮まらしむ。
彼らは吉兆なり,厄除なり。されば船びとらは,ふたりを見るや
喜び勇み,心痛と労苦より解放せらる。
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吉兆で厄除のセント・エルモの火を,人々から恐れられる呪われた火にしてしまうとは,私も罰当たりな夢を見たものだ。
☆セント・エルモの火に関しては,こんな興味深い話もある。
中国では蠍座を「青竜」と呼び,その中でπ星あたりを房宿,アンタレス付近を心宿,μ星周辺を尾宿というが,この房宿には「馬祖」という異名がある。竜を馬の祖先としたのが由来だが,「馬祖」は,他に海の神の名を指すらしい。
中国清代の『海上記略』によると,荒天時にマストに現れる放電現象を,中国の船乗りは「馬祖火」と呼び,それが暗いと,船はくつがえるのだと信じていた。
セント・エルモの火は,東洋でも船人らの守りであり,そして,もしかしたら,その名も星からきているかも知れないのだ。
☆夢のおかげで,私は「セント・エルモの火」のおさらいができたという訳だった。
勝手にフロイト流解釈なんぞされてはたまらないので,一言付け加えておくが,フランシス・クリック(二重らせん発見の,です)の研究によると,夢は記憶の整理のために見るのであって,フロイトの言うような価値はないということである。とすると,「セント・エルモの火」は,忘却の整理棚から落っこちてきてしまったのだろうか。
なお,夢の中にバンパイアが出てきたのは,眠る前に『ポーの一族』を読んだことが原因と思われる。「セント・エルモの火」の正体が判明した後,私は書店巡りをし,『オズのオズマ姫』を捜しあてた。
それは,魔法にかけられた人間を救うという物語。確かに夢と,似ていないとは言えない。内容は勿論,そんな本の存在すら忘れていたというのに。人間の記憶の摩訶不思議を感じた次第である。