5.期待と葛藤,最初の一歩

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 そんなある日,ステラナビゲータを開いて何やら調べている亮介を見かけた。
 尋ねてみると,我が家のベランダから観測できそうな南の空の変光星をリストしているという。亮介の以前の環境では北の空のみが観測対象となっており,従って,南の空の変光星については彼も詳しくなかったのだった。
 さて,とうとう亮介は観測活動を再開するのだろうか?

たて座付近の星図

 ことはすでに明白だろう。端的な話,結局私は変光星観測なる分野に無視できない程度の興味を感じているのだ。亮介と一緒に独立に観測できて,その上マイナーな星と友だちになれる。多分,始めてしまえば文句なしに楽しそうだった。
 だが,仕事と家事に追われ読書時間もままならぬ日常の中で,これ以上やりたいことを増やすなんて,ほとんど自分の首を絞めるようなものではないか? しかも,星図が苦手な私のことだ。どれほど観測に時間がかかることだろう。
 ただ一つ,希望は亮介の言葉だった。「慣れたら一目測に一分もかからなくなる。」
 もしそれが私にも当てはまるなら,いつか慣れた日には,スケッチに時間がかかる太陽や木星よりもずっと楽に観測できるようになるのかもしれない。無理の無きよう,まず一つだけ,簡単そうな変光星を観てみよう。

 やがて,亮介は,果てしもなく存在する変光星の中から,二人で観測する記念すべき最初の変光星として,たて座Rを抜粋した。
 たて座Rは,双眼鏡で観測できる比較的明るい変光星。その上周期も短く,数ヶ月でそれなりの光度曲線を楽しめる。初心者の私も楽しめるよう,多分,亮介が色々考えて選んでくれた星だった。

 明るいとは言っても,たて座Rは一番明るい時で4等代,暗い時では8等代まで落ちるようだから,太陽だの惑星だのしか観てこなかった私にしたら,暗いことこの上ない。しかも“たて座”なる星座がどこにあるのだかも判らない。やっぱり変光星は難しそうだ。

口径20mmの双眼鏡と観測ノート

 初めての観測の日,南斗六星すら双眼鏡がないと確認できない明るい我が家のベランダで,私は何度も放り出したくなりながら,やっとの思いで,口径20mmの自分の小さな双眼鏡でたて座Rを探し出した。そして30分も悩みまくって,ようやく比較星との光度差を決めたのだった。次に観測する気力が沸いて出るのは,いったいどれくらい先になるだろう? 我ながら皆目見当がつかない。それくらい疲れた初観測だった。

 当然のことだが,1回の観測をやっと体験してみただけでは面白いのだか面白くないのだか,さっぱりわからない。とにかく慣れない作業が大変なだけだ。けれど,そんな私だったが,元気が出たら二度目の観測をする気持ちだけは明白だった。
 私の目は,その日以来,今まで読み込むこともなかったニフティ・サーブの変光星会議室のログを追うようになる。多大なログを前に,私の目が抽出するのは“SctR”の3文字だけ。自分で再びこの星を探す気力はしばらく出なかったくせに,それでも何故か何となく,どうしてもこの星の明るさが気になり追ってしまった。観測したいとも思わなかったし,変光星に興味を持ち始めたとも思えなかった。ただ,本能のように目が“SctR”という文字を探すのだった。

 幸いにして,と言うべきか,1998年の夏は天気が悪く,それから20日ほどたって初観測体験の疲れが癒えた頃まで,次の観測機会は訪れなかった。
 そして,当然ながらと言うべきか,20日たった頃には,あれだけ苦労して覚えたはずのたて座R付近の星の並びも比較星の光度もすっかり忘れ,私はまたしても焦りながら嫌いな星図を眺めて星を導入し,2回目の観測をすることになった。
 前回と違っていたのは,導入の苦労が少しばかり楽になったこと,星を見つけたときの感想が「やっと入った」ではなく「また会えた」だったこと,それから観測を終えたときに嬉しいと思えたことだった。そう,変光星観測が好きかどうかはわからなかったが,とにかく再びたて座Rを観たことが,単純にとても嬉しいことに思われた。

 そしてこの2回目の観測の日。2番目の変光星との出逢いがあった。それがミラだった。


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