18.悩みの比較星

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Illustrated by Mitsue Sakaguchi.

ミラ付近の星図

 一旦暗くなり始めたら,ミラは急激に見えなくなっていくのだろうか?
 “クリスマスにミラを見よう”キャンペーンは12月いっぱいで終わりだったが,私はその後も,やはり5日おきにミラを見続けた。ミラが双眼鏡の視野から消えていく日が近づいていると思うと,寂しくてミラを観ない間の4日は落ち着かない。冬の星座の変光星を一つ選んで観てみようかとも思ったが,もともと変光星観測が好きでというよりは,観測対象への思い入れで観ている私。ミラが空にある限り,他の星を考えている心の余裕はなさそうだった。

 1月に入ると,ほんの少しずつだが,ミラの減光は顕著になってきた。1月半ば,5等代まで光度を落としたミラを観るために,そろそろ比較星を変えなければならい時期になっていた。
 私が極大期に使っていた比較星は,4.1等のδ星と5.3等の75番星。この2星から比例法で目測値を出していた。2つの比較星の光度差を10等分し,ミラの明るさが10等分のどこに位置するかを比率で表し光度を求めるのだ。2星に1.2等もの光度差があるため10等分するのは苦しかったが,それでも,たて座Rの観測でいつも使っている比較星の1.6等の光度差を思えば多少なりともマシというもの。迷いながらも何とか観測できていた。
 だが,星図を眺めるとミラの周囲は5等代の比例星なら目白押し。ミラを取り囲むように,5.3等,5.5等,5.7等と0.2等刻みで星が並び,それら全てが双眼鏡で同一視野に納まるのだった。ミラが5等代の間しばらくは,随分楽な観測ができそうだ。0.2等の光度差を10等分して比例法を使うのは少し苦しそうなので,光階法の観測に挑戦しようか。
 光階法では自分の見分けることのできる最小の光度差を求めて1光階とし,変光星が比較星から何光階離れているかを目測する。少しずつ違った明るさの星が幾つも並ぶミラの周辺は,光階法の練習にピッタリではないか?
 私は気楽に考え,1月後半から4.1等のδ星を比較星から外したのだった。

 ところがどうして。0.2等刻みの豊富な比較星は,決して私の観測を楽にしてはくれなかった。比較星を変えようとする前から薄々感じていた悩みが,急激に深刻なものとなって降りかかってきたのだ。
 実は,5.3等の75番星と5.5等の70番星の間にあるはずの0.2等もの光度差が,私にはほとんどわからない!
 何夜かの間,私は厳寒期のベランダで,双眼鏡の視野にミラと比較星を捕らえたまま何十分も悩み続けた。5.3等,5.5等,5.7等。この3星は,本当に0.2等刻みなのだろうか。5.7等(66番星)は確かに暗く見える。5.5等(70番星)より0.2等くらい暗いかもしれない。だけど,5.3等(75番星)と5.5等(70番星)はほとんど変わらぬ明るさに見えた。あまりに長い間悩んで見つめ続けていたりすると,5.3等より5.5等の方が明るい気さえしてきてしまう。これではミラの光度を見積もることなど不可能ではないか!?
 5.3等と5.5等がほとんど同じ明るさに見えてしまうということは,どちらを比較星に使うかによって,ミラの明るさが0.2等違ってしまうということだ。1光階を0.1等と仮定し,ミラが75番星より2光階明るく,かつ70番星より2光階明るいと観るなら,ミラは5.1等であり,かつ5.3等であることになってしまう。この矛盾を,いったいどうしたらいいのだろう。

クリスマスくじら

 誰に文句を言っても始まらないとはわかっているが,目測ができないことに苛ついた私は,亮介に言った。
 「5.3等と5.5等,ほとんど同じだよ。私の目では0.2等も違わない。観測難しいよ。」  ところが,亮介もこれらの星の光度差に疑問を持っていた。5.7等は確かに暗い。しかし,5.3等と5.5等の差は,5.7等と5.5等の差より小さいのではないか?と。
 まったく疑問は口に出してみるものだ。少しだけ安心する。
 比較星の光度差が分からないという些細な?問題でも,私はいちいち自信を無くし,自分は変光星観測に向いてない鈍感な眼を持っているに違いない思い込んで悩んでいたのだった。しかし,そう感じる人が私一人ではないのなら事情は一転だ。少しばかり気を取り直し,私は他の星図を見直してみようという気になった。

 『ミラ観測ハンドブック』に載っている星図の光度体系は,どうやら“AAVSO Variable Star Atlas, 2nd Edition”から引用したもので,問題の比較星は,5.3−5.5−5.7となっている。キャンペーン資料としてハンドブックと一緒に送られてきた『変光星図』(五味一明編)でのこれらの光度は,5.5−5.6−5.7。
 他に何か資料になる変光星図はあるだろうか? 変光星など半年前まで見たこともなかったものだから,当然私が持っている変光星資料は非常に少なく,以前やはり東亜天文学会の『天界』で紹介されているのを見て取り寄せた『はじめての変光星』(日本変光星研究会編)くらいのものだ。しかしこれには75番星の光度はなく,残りの2星は5.5−5.7である。うーん,75番星の光度は未確定なのか?
 「他に何かないの?」
 私があまりに困り果てているので,亮介がAAVSO(アメリカ変光星協会)のホームページにおいてある変光星図を探してきてくれた。これが各星ごとの最新の星図になるらしい。このデータによると問題の3星は,5.4−5.5−5.7になっている。
 「これが一番納得できるね。」
 亮介と私の意見が一致した。

 1ヶ月間悩んだ私は,1月28日の観測から問題の75番星の光度を5.3等から5.4等に改め,観測を続けたのだった。


(筆者注:クリスマスにミラを見ようキャンペーン『ミラ観測ハンドブック』1999年版及び2000年版におけるこれらの比較星光度は,5.4-5.4-5.7 になっています。)


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