1763年,ラカイユがアルゴ座を分割制定したこれら4星座は,3月から4月にかけて次々と20時の子午線を通過します。日本から見ると地平線下に隠れてしまう部分もあって馴染み薄い印象がありますが,固有名を持つも多い,由緒ある星座たちです。
アルゴ座は,テッサリア王子ヤーソンが作ったアルゴ号という帆船の姿。金毛の羊の毛皮を手に入れるためのアルゴ号の旅には,カストルとポルックス,ヘルクレスなどの豪傑が揃っていたことでも知られます。アルゴ座には船首がありませんが,これは旅の途中で人食い岩に挟まれ置いてきてしまったからで,厳しい旅の様子が想像されます。
アルゴ号を象る星座で真っ先に子午線を通過するのは,とも(船尾)座。おおいぬ座の東にあるこの星座は,4星座の中で最も見つけやすい星座でもあります。
2.3等のζ星の名はナオス。ギリシア語で“船”という意味です。アルゴ船には舳先がないため,船尾の輝星であるこの星が星座を代表して“船”という名をもらったのでしょう。この名はラテン語の Navis に相当し,英語の navigation や navy など船に関係する単語の語源になります。
船尾に輝く3.3等のξ星はアスミディスケ。ギリシア語で“盾”という意味の“アスピディスケ”が訛ったものです。昔の星座絵を見るとアルゴ船の船尾(とも座ξ・o・m・k・p・3・1)に小さな盾が取り付けられていますが,これが由来です。
りゅうこつ座ι(2.3等)にアスピディスケ,とも座ρ(2.8等)にアスミディスケという語源を同じくする名前が知られますが,これらは,バイエル時代のアルゴ座ρ(現在のとも座p)がとも座ρと間違えられてついた名前,バイエル時代のアルゴ座ι(現在のとも座ρ)がりゅうこつ座ιと間違えられてついた名前です。星名には,このように勘違いからついた名前がけっこう沢山あったりします。
次に子午線を通るのは,りゅうこつ(竜骨)座。
-0.7等のα星カノープスは,トロイア戦争の際,スパルタ王メネラオスが率いた艦隊の水先案内人長だったカノプスからもらった名前です。カノプスが死んだアレクサンドリアで地平線から少しだけ顔を出すこの星に,彼を記念しこの名が付けられました。カノープスはスハイルという別名を持ちますが,こちらは“明瞭なもの”という意味のアラビア語が語源で,全天2番目の明るい光度を讃えた名前です。
また,日本の大部分の地方から見えないβ星(1.7等)は,ミアプラキドゥス。“水”を意味するアラビア語ミアーと“静かな”を意味するラテン語プラキドゥスの合成語で,アルゴ船が浮かんでいる静かな水面を意味した趣ある名前です。
4月になると,らしんばん(羅針盤)座が子午線を通過します。
らしんばん座は,一番明るい星でも3.7等。固有名を持つ星もなくアルゴ船4星座の中では最も目立たない星座です。けれど,とも座の東にあって南中高度は高く,ほ座やりゅうこつ座より探しやすいかもしれません。
さらに4月半ばになると,南の地平線すれすれの空で,ほ(帆)座が子午線通過を迎えます。アルゴ船は,1ヶ月もかけてゆっくりと南の空を横切っていくのです。
ほ座で一番明るい星はγ星(1.8等と4.3等の二重星)。固有名はアル・スハイル・アル・ムリフで,アラビア語で“誓い合った星”という意味です。ほ座λ(2.2等)と,とも座ζ(2.3等,別名ナオス)の3星を合わせてアルムリフエインと呼び,これはスハイル(カノープス)より先に地平線に昇って間違えやすい星の総称です。この他,おおいぬ座γ,はと座α・βなど周辺の星座にも同じ名の異形がついており,スハイルが如何に重要な星として注目されていたかが窺われます。
“誓い合った星”の一員であるλ星には,アル・スハイル・アル・ワズン名もあり,これは“スハイルの中の重要なもの”という意味。γ星の名の変形と考えられますが,正確な意味は不明のようです。
“ワズン”は“重さ”という意味で,おおいぬ座δ,はと座βなど幾つかの星にも同じ名がついています。この名は北半球中緯度地域で南天低く見える星についており,地平線から昇るのが大変そうに見えることからついた名であると言われます。
ほ座にはもう一つ,κ(2.5等)という固有名を持つ星があり,マルカブと言います。ただし,この名はペガスス座αの固有名として有名ですから,ほ座κの名として使われることは少ないようです。“マルカブ”はアラビア語で船やラクダなど乗り物を表し,本来アルゴ座全体を呼ぶ名でした。
勘違いからついた星名が多いと書きましたが,この名も本来はアルゴ座κ(現在のとも座k)につけられた名前。ラカイユがバイエル名をつけ直した後,アルゴ座κ・ほ座κが混同され,ほ座κの固有名として定着しています。
星名一つにも星座の歴史が秘められてると言えましょう。