12月に入ると,夕刻の西空に長々と君臨していた夏の大三角もいよいよ地平線の下へと消えてゆき,冬の星空が台頭してきます。旬の星座として最初に午後8時の子午線を通過するのは,北の空高くMの字を描くカシオペア座。
カシオペア座は,北斗七星が見えない季節に北極星を案内する星座として知られますが,ギリシア神話では高慢なエチオピア王妃として有名ですね。問題となったカシオペアの自慢は,書物によって娘のアンドロメダの美しさだったり,カシオペア自身の美しさだったりするようです。
美貌自慢の比較対象が海のニンフだったばかりに海神ポセイドンの怒りを買い,星座になっても1日の半分を逆さ吊りの刑で苦しむカシオペア。「娘の美しさ自慢なんて単なる微笑ましい親ばかじゃないの。ポセイドンも随分心が狭かったのね」と,私はいつも彼女に同情していますが,こんなことを言っていてはポセイドンの怒りを買って化けクジラに襲われるしょうか?!
高慢の刑に処せられた彼女ですが,古い星座絵には,そんな神話とは相反し,頭に冠を乗せ,勝利のシンボルであるヤシの木を持って玉座に座る女王の姿として描かれているものがあります。これは,聖書に登場する重要な女性たち -マグダラのマリア,ソロモン王の母バテシバ,女預言者デボラ- が,王妃カシオペアの姿と重ねて見られていたことが由来のようです。
西洋でこのような女性の姿を描いていたのに反し,アラビアでは,カシオペア座の5つの星を,マニキュアを塗った5本の指の爪と見なしています。そう,『星屑』2001年1月号のペルセウス座でご紹介した“プレアデスの両手”です。マニキュアの染料は,最近日本でも耳にするヘンナという植物。赤みがかった染料で,アラブの女性たちは熱から肌を保護するためにこれを使っていました。
イスラム教シーア派の人々は,ムハンマドの娘ファーティマを規範とすべき理想の女性と考えており,カシオペア座を“ファーティマの手”と呼んだそうです。シーア派には,今も彼女の掌を象った“ファーティマの手”という護符が存在しています。
また同じくアラビアで,カシオペア座はヒトコブラクダにも見立てられていました。このラクダ,頭がアンドロメダ座λ・κ・ι・ψ周辺,カシオペア座βがコブのてっぺん,足はペルセウス座からアンドロメダ座にまたがる巨大さです。この堂々とした姿は“砂漠の船”としてアラブの人々の生活を支えたヒトコブラクダにふさわしいですね。
カシオペア座には固有名を持つ星が多く,α星(2.2等)はシェダル。“胸”という意味のアラビア語アル・サドル(Al Sadr)が語源で,カシオペアの胸に位置しています。
β星(2.3等)には,アラビア語で“手”を意味するカフという名がついていますが,これは王妃カシオペアの手ではなく,先述の“マニキュアで染めた手”を意味するアラビア語,アル・カフ・アル・カディブが語源です。
カシオペア座βは,近くを天球上の経度0度が通り,アンドロメダ座α・ペガスス座γの2星と繋いで南にたどれば春分点,北にたどれば北極星を見つけられることから,この2星と合わせて“3つのガイド”とも呼ばれます。
M字型の真ん中の星γ(1.6等〜3.0等)はカシオペアの帯に位置していますが,西洋の星名を持たず,ツィーという中国名が知られています。ツィーとは漢字の“笞”(むち)の音読みをローマ文字音写した名で,中国の星座が由来となっています。中国ではこのあたりの星々を結んで戦車(馬車)の姿を描いており,その御者が持っていたムチが星の名前になったというわけです。
カシオペアの膝に輝くδ星(2.7等)はルクバー。ルクバーは“椅子にかけている婦人の膝”という意味のアル・ルクバート・アダート・アル・クルシの“膝”の部分が語源。稀に,この後半が由来になったクソラがδ星の固有名として用いられることもあるようです。
カシオペアの左腕に仲良く並ぶθ星(4.3等)とμ星(5.2等)は,アラビア語で“ひじ”という意味のアル・マルフィク。同じアラビア語を語源とする星の固有名に,ペルセウス座α星マルファク(ミルファク)があります。
このほか,ε星(3.4等)にはセギン,η星(3.4等)にはアキルドという名が知られていますが,語源や意味などの詳細は知られていません。η星アキルドは,ハーシェルにより発見された有名な連星で,“金と紫”“黄と赤”“トパーズとガーネット”などと表現される美しい色の対比は,低倍率の望遠鏡で十分に楽しむことができます。