星の停車場 (18)
ケンタウルス座

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 菜種梅雨にメイストームに走り梅雨,そして入梅。天気が悪い春ですが,6月になると梅雨の中休みに抜けるような紺碧の空が広がってきます。そんな日こそ初夏の星座を観察するチャンス。おとめ座の南あたりの低い空を見てみましょう。ひとかたまりの比較的明るい星々に気がつくと思います。これらが半人半馬のケンタウルスを象る星々です。南天への憧憬の象徴α星とβ星が見えないため思わず縁遠い星座のように感じてしまいがちですが,実は,熊本市からはケンタウルス座の大部分を見ることができます。

 ケンタウルス座はトレミー48星座の一つでもある古い星座ですが,ホメロスの時代は人間の姿とされており,前500年頃の抒情詩人ピンダルによって初めて半人半馬として描かれたようです。ケンタウルス族の住処とされるテッサリアの人々が乗馬に長けていたことから馬人伝説が生まれたと言われますが,ケンタウルス族の起源にはいくつかの説が知られています。
 一つは,大神ゼウスが妻ヘラに恋慕したラピタイの王イクシオンからヘラを守るため,雲でヘラとそっくりなネフェレという女性を造り,イクシオンとネフェレからケンタウルス族が生まれたというもの。
 別の説では,ゼウスの父クロノスと海の妖精フィリラの間に生まれたのがケンタウルス族というもので,賢人ケイロンのみがこの二人の子であるとする説もあります。クロノスは,フィリラとの密会を妻のレアに気付かれぬよう馬に変身していたため,クロノスとフィリラの子孫は半人半馬になったのだそうです。

 ところで,天球の上には さそり座を挟んで東と西に二人のケンタウルスが向かい合って描かれていますね。そう,弓矢をつがえて さそり座の心臓を狙う いて座と,槍で おおかみ座を突くケンタウルス座。この二人のケンタウルスは,古来名前も神話も混同されることが多かったようです。
 一般的な神話では,いて座は,名医アスクレピオスらを育てた賢人ケイロンで,ヘラクレスがケンタウルス族と闘った際の流れ矢で命を落としたとされています。一方ケンタウルス座は,酒の神ディオニュソスの養父シレノスの子フォーロスで,ヘラクレスとは親しい友人。ある日二人が酒を酌み交わしてると,酒の匂いをかぎつけてやってきた他のケンタウルス族とヘラクレスの間で闘いとなり,フォーロスは仲間のケンタウルスに刺さった矢を引き抜こうとして,矢尻に塗られたヒドラの毒にあたって死んだとされます。どちらも善良なケンタウルス族で,死ぬ際ヘラクレスが関与しているなど,よく似た神話ですね。エラトステネスはケンタウルス座をケイロンであると主張していました。
 ケイロンはフィリラ(Philyra)の息子とされますが,竪琴(Phililyra)の息子という別説も残っています。こちらの神話によると,彼は竪琴から受け継いだ音楽の才を持ち,アポロとアルテミスに愛され,その教えで植物学と音楽と天文学と占いと医学に熟練し,ギリシアの伝説上最も注目される英雄たちの教師となったということです。

 ケンタウルス座は,アラビアでは おおかみ座の星と共に“葡萄の木”とか“折れた椰子の枝”と見られており,中世キリスト教天文学では,ノアの象徴あるいはアブラハムとイサクの姿などとして描かれました。

 さて,個々の星を見てみましょう。
 全天3番目の輝星,-0.2等のα星は,太陽に最も近い3重星系として有名で,単にアルファ・ケンタウリと呼ばれることが多いようです。
 “ケンタウルスの足”という意味のリギル・ケンタウルス又はリゲル・ケントという固有名が知られますが,近世になってつけられた名前と考えられています。“リギル”はオリオン座のリゲルと同じ語源。別名トリマンは“葡萄のつるの射手”という意味で,ケンタウルス族が葡萄のつるを巻いた弓を持っていたという伝説が由来とされます。

 β星(0.6等)もベータ・ケンタウリと呼ばれることが多いようですが,他にアラビア語のハダル(大地),ワズン(重さ)という固有名が知られています。これらはもともとα・β両星の呼び名で地平線に近い輝星に与えられた名前と考えられ,ほ座λ,はと座β,おおいぬ座δにも同じ起源の名前がついています。
 アゲナという名を見かけることもありますが,これは米国の天文学者バリットの書物に初めて見られるもので,gena(膝)とαを合成した名前と説明されたこともあったそうですが,これは誤りで,現在は意味も起源も不明と見られているようです。

 αとβを結んで伸ばすと南十字星にたどりつき,さらにそこから天の南極を知ることができるため,2星は“南の指極星”(Southern Pointers)として知られます。この2星は世界各地で対の星と見られ,アフリカのブッシュマンには「ライオンだった二人の男」,オーストラリアの先住民には「二人の兄弟」と呼ばれ,日本の八重山群島では農耕の季節を知る目印としてパイカブシ(南の星)として知られていました。

 このほかθ星(2.1等)にメンケントという名を与えている書物もありますが,一般的に認められた固有名ではなさそうです。
 最後に,ケンタウルス座で忘れてならないのは“ω星団”という俗名で親しまれる球状星団 NGC5139 でしょう。バイエルは4等の恒星と記録し,ハレーは1677年に星雲と記録。ウィリアム・ハーシェルの息子ジョン・ハーシェルによって初めて「全天最大の贅沢な堂々とした球状星団」と認められた経緯を持ちます。いて座のオメガ星雲(馬蹄形星雲)と混同されやすいので注意しましょう。熊本市での南中高度は10度くらいです。

熊本県民天文台『星屑』2002年5月号掲載

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