星の停車場 (27)
こいぬ座

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 春霞がひどくなる3月,澄んだ星空に君臨していた冬の星座たちは次々と西へ傾き消えてゆきます。堂々たる冬の大三角を形作っていた3個の一等星も,3月半ばの夜半を過ぎると,まず おおいぬ座のシリウスが,そして次にオリオン座のベテルギウスが姿を消します。けれどもプロキオンだけは春の宵空に残り,まるで冬の名残を告げているよう。
 J.D.W.Staalは,その著書の中で,北半球中緯度地方で4月や5月になっても訪れる寒の戻りを,春になっても目立っている冬の三角の星,プロキオンと重ねて書いています。

 1等星プロキオンを抱く こいぬ座は,3月11日午後8時に子午線を通過。ゴールデンウィーク頃になっても西の空に意外と高く見えています。けれど多くの人にとって,こいぬ座は春の星座というより冬の星座という印象ではないでしょうか。プロキオンはシリウスやベテルギウスと共に冬の大三角を形成していますし,こいぬ座を冬の王者オリオンが連れた猟犬と見る場合もありますし,また何よりもプロキオンは,洋の東西を問わず常にシリウスとペアで見られてきた星だということも理由でしょう。
 今月は,プロキオンという明るい1等星があるにも拘わらず,整然と並ぶオリオン座の星々やギラギラと煌めくシリウスに目を奪われて忘れられがちな小星座,こいぬ座を巡りながら皆さんとご一緒したいと思います。

 こいぬ座の明るい星は,α星プロキオンとβ星ゴメイザの2つだけ。あとは4等星以下の暗い星ばかりですが,起源は古く,プトレマイオス48星座の一つです。古い星座は比較的形が整って分かりやすいものが多いのですが,αとβの2星をつないで小犬の姿を思い浮かべるのは,ちょっと難しいと思いませんか?
 こいぬ座は星の配列から作られた星座ではなく,古代エジプトで重要だったシリウスが,これに先立って昇ってくる星プロキオンとペアで見られていたことから,星座も大きな犬に対する小さな犬として作られたものであろうと言われています。
 星空の中ではオリオンが連れた2匹の犬。オリオンの足元にうずくまるウサギを狙っていると見られていますが,ギリシア神話では,狩猟の名人アクテオンの猟犬であるとも,アッチカ(アテネの近く)王イカリオスの犬メーラをであるとも伝えられます。

 農業神アリスタイオスの子アクテオンは鹿狩りに出て道に迷い,偶然,谷間の泉で水浴びをしている女神アルテミスの姿を見てしまいます。慌てたアルテミスがアクテオンに水をはねかけ,「できるものなら裸のアルテミスの見たと言いふらすがよい!」と叫ぶと,アクタイオンは鹿に変身。主人だと気付かぬ猟犬たちにかみ殺されてしまい,この猟犬の1匹が こいぬ座になったということです。

 もう一方の神話は,アッチカを訪れたワインの神ディオニュソスが,歓迎してくれたイカリオス王へのお礼にワイン作りを教えたことから始まります。イカリオスは早速作ったワインを農民たちへふるまいますが,酔った彼らは毒を盛られたと疑ってイカリオスを殺し,イカリオスの娘エーリゴネはイカリオスの遺体の側で自害,忠犬メーラもイカリオスから離れず飢え死にしてしまいます。この不幸な事件を覚え,ゼウスがメーラを星座の中へ置いたのだといいます。その後アテネの人々は,イカリオスとメーラとエーリゴネを讃える祭りを行うようになり,イカリオスはうしかい座,エーリゴネはおとめ座に見立てられていました。この神話は,Dog Days(シリウスの熱がもたらす夏の土用)と地中海に吹く夏の北風エテジアの由来を語る神話へ繋がることから,おおいぬ座と結びつけられることも多いようです。

 中国では,ζあたりを水位(水の場所),βηのあたりを南河(南の川)としており,これらの名前は天の川の近くにあることに由来するのではないかと考えられています。

 こいぬ座で固有名を持つ星は,αとβの2星だけです。
 0.4等のα星プロキオンは,全天で8番目の明るさを誇り,肉眼星ではケンタウルス座α,シリウス,エリダヌス座ε,はくちょう座61番星に続いて5番目に近い星です。シリウスの少し前に昇ることから,“犬の前に”という意味のギリシア語(Pro Cyon=before dog)が名前の語原になっています。古代エジプト文明では,シリウスが太陽と同じ頃に昇るとエジプトの大地に肥沃をもたらすナイル川氾濫が始まるとされており,プロキオンもシリウスを告げるための重要な星だったのです。
 プロキオンをシリウスと対に見たのは日本も同じで,プロキオンを“色白”シリウスを“南の色白”と呼んだり,シリウスを“大星”,プロキオンを“小さな大星”と呼んだりしたことが知られます。

 β星(2.9等)のゴメイザは,“かすかなもの”“涙ぐんでいるもの”という意味のアラビア語が語原で,星座全体の名前だったものがβ星の固有名となったもの。やはりプロキオンとシリウスを対に見たときプロキオンの方が暗いためについた名前ですが,この名には,次のようなアラビアの伝説が残っています。

 アル・ゴメイザ(プロキオン)は,スハイル(カノープス)とアル・シーラー(シリウス)の妹でしたが,スハイルはアル・ジャウザー(リゲル)と結婚したあと逃亡し,天の川を渡って南へ行ってしまいます。アル・シーラーはスハイルを追いかけましたが,アル・ゴメイザは一人取り残され泣いているというのです。天の川を挟んだ3星の印象が見事に表現された伝説なので,冬の天の川を見る時,是非思い出してみてください。

熊本県民天文台『星屑』2003年3月号掲載

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