星の停車場 (25)
エリダヌス座

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 年が明けると,そろそろにぎやかな冬の星座が東の空高く昇り,見やすくなってきます。けれども宵の早い時間帯はひそやかな秋の星座たちが南中し,それらが西へ傾くと,今度はオリオンの西をゆったり長々と曲がりくねる天の大河,エリダヌス川を形づくる星々が時間をかけて子午線を通り過ぎます。
 オリオン座のリゲルの北西に輝くβ星に源を発するエリダヌス川は,まず,くじら座のミラへ向かって西へ流れ,η星で南東のはと座の方向へ向きを変え,小さな星が並ぶυ1/2から再び南西へ向かって流れ,昔の星座の終着点だったθへ,そしてそこから一気に天の南極近くのα星アケルナルへ南下します。面積は全天で6番目,長さも うみへび座に匹敵する大星座です。

 しかし,エリダヌス座の星々は,地平線下にあって見ることのできないα星アケルナルを除くと暗い星ばかりで目立ちません。それでも大きな“Z”の字を描くように連なる星列は,誰が見ても蛇行する川の姿を連想させ,昔は"the River"(川)と呼ばれて各地で身近な川の姿として描かれてきました。エジプトではナイル川,バビロニアではユーフラテス川,ローマではパドゥス川(ポー川),そしてギリシア神話では世界を取り巻く海の流れに例えられ,これらはエリダヌス座にまつわる様々な逸話に影響を与えています。中でも琥珀の産地として知られるポー川は,ギリシア神話のフェアトンの物語を彷彿とさせます。

 ファエトンは,太陽神ヘリオスとニンフのクリュメーネの間に生まれた子で,あるときヘリオスに,太陽神の息子である証として,一日だけ4頭立ての太陽のシャリオを御させて欲しいと頼みました。ファエトンの願い事を何でも聞くと約束したヘリオスは困りますが,約束を破るわけにもいかず,空についた轍の跡を外れないよう注意して願いを聞き入れます。宝石を散りばめられた金のシャリオはたいそう美しく,フェアトンは得意げに乗り込みますが,馬たちはすぐさま乗り手がいつもと違うことに気付き駆け出しました。フェアトンには手綱をコントロールする技術も力もなく,やがてシャリオは道を外れて地球に大火事を起こします。
 見かねたゼウスの落雷によって,ファエトンはエリダヌス川に打ち落とされて命を落とし,彼の死を嘆いてエリダヌスの河畔で泣き続けたヘリアデス(ヘリオスの娘たち=ファエトンの姉妹たち)は,ポプラの木になってしまいました。そしてこのときヘリアデスが流した涙は,凝固して琥珀になったというのです。

 さて,明るい星が少ないエリダヌス座ですが,固有名を持つ星は意外に多いので順番に見ていきましょう。

 α星,アケルナル。熊本県の住民が一番気になるのはこの星でしょう。
 0.5等の明るさを誇り,B型のスペクトルを持つこの青白い星は,赤緯-57度13.4分に位置しています。つまり,北緯32度46分より南へ行かないと地平線上へ昇って来ない星なのです。星図は熊本市の1月3日19時00分で描いてみましたが,北緯32度48分の熊本市では,見事に地平線すれすれで見えません。天文台のある城南町は北緯32度42分,県南部の八代市で北緯32度30分,熊本県はアケルナルを見ることができる北限にあるのです。
 星名のアケルナルは,アラビア語で“川の果て”。エリダヌス座の南の終わりに輝く星であるのが由来ですが,昔はエリダヌス座の最果てはθ星(3.2等)と考えられており,この名もθ星のものでした。星座が南天へ拡大されたため“アケルナル”はα星の名となり,13世紀の『アルフォンゾ星表』以降,同じ語原の“アカマル”がθ星の固有名となっています。

 一方,エリダヌス川の北の終着点であるβ星(2.8等)は,クルサ。語原はアラビア語の“巨人(オリオン)の足台”で,βEri・λEri・ψEri・τOriの4星で作ったオリオンの左足を支える台座がこの星の固有名になったものです。
 古代アラビアの遊牧民たちは,エリダヌス座から みなみのうお座にかけた広大な空間にダチョウやダチョウの巣,ダチョウの卵,ダチョウの雛などの星座を作っており,この星からο1/ο2までの星の連なりを“ダチョウの巣”と呼んでいました。

 γ星(3.0等)ザウラクはアラビア語で“船の中の明るい星”という意味ですが,先月の ほうおう座の項でお話ししましたように,ほうおう座の星々を結んだ古代アラビアの星座“船”が由来。ほうおう座αの名前だったのが,誤ってこの星の固有名として定着したものです。

 δ星(3.5等)については,いくつかの参考書でラナという固有名が紹介されていますが,詳細は不明です。

 η星(3.9等)は,アラビア語で“ダチョウの巣”という意味のアザー。前記のダチョウに関する古代アラビア星座の一つで,エリダヌス座ζρ1ρ2ρ3やくじら座επなどと共に,このあたりもダチョウの巣でした。アラビアの星座については,またいつか機会を改めて詳しくお話することにしましょう。

 β星の西にあるο1(4.0等),ο2(4.4等)は,ベイドとケイド。これらもダチョウの星座に由来するもので,アラビア語でベイドは“卵”,ケイドは“卵の殻”。文字通り,巣の中にある卵と巣から投げ出された卵の殻を示しています。

 4.8等の目立たない星τ2は,アラビア語で“川の曲がり角”という意味のアルゲテナル。『アルフォンゾ星表』でつけられた名前です。

 そして,υ1(4.5等),υ2(3.8等),υ3(4.0等),υ4(3.6等)はテーミンまたはベーミン。二つの星が仲良く並んでいるところから,テーミンは“双子たち”という意味のアラビア語が語原。ベーミンは,ヘブライ語の“水の中”,アラビア語の“ダチョウ”,あるいはテーミンの変形とする説明もあり,確かな語原はわかっていないようです。

熊本県民天文台『星屑』2003年01月号掲載

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