星の停車場 (21)
くじゃく座・けんびきょう座

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 日没の空高く夏の大三角が懸かる頃,長い長い夏の終わりを告げる涼風が吹き始めます。9月に入るとこれら夏の大三角を作る星座が次々に子午線を通過し,その南で いて座,それから南天の星座 くじゃく座,ぼうえんきょう座,けんびきょう座が南中を迎えます。今月は,この中からけんびきょう座と くじゃく座をご紹介しましょう。

 まず,南天の星座 くじゃく座から。
 けんびきょう座の星図を見ていただくと,α星(αPav)のみが熊本市の地平線上に姿を現していますが,よほど条件を揃えない限り,実際に見るのは難しいでしょう。赤道直下のシンガポールまで南下しても南中高度30度以下ですから,くじゃく座を楽に見ようと思ったら南半球へ行った方がよさそうです。
 くじゃく座は,ドイツの法律家バイエルが,オランダの航海士ピエトル・ディルクス・ケイザー(ラテン語名ペトルス・テオドリ)の手記を参考に星表『ウラノメトリア』(1603年)で制定した11星座の一つで,大航海時代の異国への憧憬を象徴しています。

 クジャクの生息地はインドから東南アジアにかけての森林ですが,年に一度尾羽が生え替わるところから不死の象徴とされており,古代ギリシアでは神々の女王ヘラの聖鳥でした。神話もヘラに関係して伝えられています。
 ヘラは夫のゼウスの子を身ごもったイオを見張るため100の目を持つ怪物アルゴスを遣わせますが,ゼウスはイオを救うため伝令神ヘルメスに相談し,ヘルメスは羊飼いの少年に変身すると,身軽にアルゴスに近づいて角笛を吹いて眠らせ首を切り落とします。その後ヘラは,アルゴスの目を全部取って,聖鳥クジャクの尾の飾り羽の中に置いたということです。
 また別の神話では,アルゴ船を作った船大工アルゴスが死んだ時,ヘラは彼をクジャクの姿に変え,彼が作ったアルゴ船(*)の近くの空に置いたといいます。

(*)とも座・ほ座・りゅうこつ座・らしんばん座の4星座で形作られる。

 くじゃく座で最も明るい星は,クジャクの目の位置に輝く1.9等のα星ピーコック。もちろん,星座であるクジャクを意味する英単語 peacock が語源で,比較的新しい星名です。
 他は暗い星ばかりですが,星座の形は意外にしっかりしていて,β(3.4等)を胸,δ(3.6等)・ε(4.0等)・ζ(4.0等)・η(3.6等)・ξ(4.4等)・λ(4.2等)で作る円形を広げた尾羽と考えれば,おぼろげなクジャクの姿が浮かんでくると思います。
 また,λ星の北東にあるNGC6752は最も美しい球状星団の一つなので,南半球の空を眺める機会がありましたら,双眼鏡を向けてみるとよいでしょう。

 一方 けんびきょう座は,低いながら地平線上に姿を現すものの,5等星と6等星ばかりの本当に目立たない星座で,顕微鏡の形を思い浮かべるのも困難です。星図では9月15日21時30分の熊本の空を再現してみましたが,場所は いて座の東,やぎ座の南で,実質上星がほとんど見えない低空です。もちろん固有名のついた星もありません。
 この星座は,18世紀のフランスの天文学者ラカイユが,遺著『Coelum Australe Stelliferum』(1763年)の南天星座目録で新設した18星座の一つ。他のラカイユの星座や,今では消えてしまった17世紀〜18世紀の間に制定された多くの星座と同じように,当時の西ヨーロッパにおける科学の発展を記念して作られた星座です。

 最初の顕微鏡は,オランダの眼鏡師ヤンセン父子によって1590年〜1609年にかけて発明されたといわれ,丁度ラカイユが生きた時代に実用化され始めたところでした。ラカイユの星座絵に描かれた顕微鏡は,大きな箱状の架台に鏡筒が乗ったもので,現在一般的に使われている光学顕微鏡とは随分違った形をしています。
 けんびきょう座の辺りには,もともと「Neper」という星座があり,これを けんびきょう座の前身と考える研究者もあるようです。Neperは,スコップのような穴を掘るための土木工具ですが,この古代星座 Neperの位置は,みなみのうお座の近くであるとか,いっかくじゅう座の近くであるなどとも言われ,定まっていないようです。

熊本県民天文台『星屑』2002年9月号掲載

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