星の停車場 (24)
ほうおう座・さんかく座

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 日没が一年で一番早い12月初旬。熊本の日没は夕方5時過ぎですが,札幌では1時間以上早い午後4時,名古屋でも午後4時40分には太陽が沈みます。初冬の長い星空は,ぜひ夕刻早くから楽んでみましょう。西空には夏の大三角が大きく懸かり,天頂に高々とカシオペア座やペガススの四辺形,東には冬を先駆けて,ペルセウス座,おうし座,ぎょしゃ座などの星々が昇っています。そして,南の空では控え目な秋の星座たちが南中を迎えます。今月は,そんな中から ほうおう座と さんかく座をご紹介しましょう。

 ほうおう座は,オランダの航海士ピエトル・ディルクス・ケイザーとフレデリック・デ・ホウトマンにより設定され,ドイツのヨハン・バイエルが星図『ウラノメトリア』(1603年)で広く発表した星座です。南の空低い位置にあり,12月2日20時に子午線を通過します。明るい星座ではありませんが,2.4等のα星ザウラクは南中高度が約15度になりますから十分見つけることができるでしょう。フォーマルハウト(αPsA),アルナイル(αGru)の2星と繋げば大きな正三角形になります。

 この星座,日本語では中国の霊鳥である鳳凰(ほうおう)ですが,原名は古代西洋における伝説の不死鳥,フォエニックス(フェニックス)です。
 フォエニックスは500年の寿命を持つ鳥で,寿命が来ると,桂皮など芳香を放つ葉や小枝で巣を作り,その巣の中で太陽の熱で起こされた炎に包まれ焼け死にます。しかし,灰の中からは若いフォエニックスが誕生し,若鳥は親鳥の遺骸を没薬で包み,太陽への捧げ物として太陽神(ヘリオス)の父,ティタン神ヒュペリオン(Hyperion)の神殿へと運びます。おそらくこれは,日の出と日没を繰り返す太陽,太陽とシリウスが同時に昇る周期,太陽がおひつじ座に入る周期など,天文学上起こる様々な周期の象徴と考えられ,中世のキリスト教中心社会では,キリスト復活のシンボルとも考えられていました。

 一方,日本語星座名になっている鳳凰は,竹の実を食べ梧桐(ごとう)の木にしか止まらないとされる伝説上のめでたい鳥。英語で"Chinese phoenix"といいますが,フォエニックスとは全く別の鳥です。
 古代アラビアでは,ακμβνγで描いた曲線が船底の形に似ているところから小さく旧式な“船”の姿を見ており,このほか“若いダチョウの群れ”と呼んだ文献も知られています。また,中国ではここに“火鳥”という星宿が置かれていました。

 この星座で固有名を持つのはα星ザウラクのみで,語原は“船の中の明るい星”を意味するアラビア語。ここで言う船は,先に述べたアラビア土着の古い星座“船”のことです。エリダヌス座γにも同じ名前がついており,ザウラクの名はこちらを指すのが一般的なようです。

 一方,12月半ばに天頂付近で子午線を通過する さんかく座は,地味な星座ではありますが,起源はかなり古く,当然プトレマイオス48星座です。星座絵を見ると三角定規が描かれていますが,これは古代ギリシアの数学の功績を讃えたものと言われます。

 単なる無機質な幾何図形で面白みがないと感じられる さんかく座ですが,他に様々な呼び名がありますから,併せて覚えて想像を膨らませてみましょう。
 まず,古代ギリシアでは,さんかく座が描く二等辺三角形がギリシア文字デルタの大文字Δに似ていることから“デルトトン”。一方エジプトでは,“ナイル川の三角州”と見られており,これが転じて“ナイルの家”“川の贈り物”“ナイルの贈り物”なとと呼ばれていました。

 また,3つの岬を持つシチリア島(10月28日にエトナ山の大爆発でニュースになったばかりですね)を表しているとも言われます。農業が非常に大切な産業だった古代シチリア島では,ローマの農業の女神ケレスを深く信仰し,ケレスの為に多くの神殿を築いて祀ったため,喜んだケレスがジュピターに頼み,星の中にシチリア島の姿を置いたという神話が残っています。
 次に聖書関連。ユダヤ人は,旧約聖書に出てくる三角形の楽器,三弦琴(※)と見ており,中世のキリスト教社会では三位一体の象徴,またカトリックでは使徒ペテロがかぶった三角形の司教冠とも見ていました。
(※財団法人日本聖書協会『聖書』新共同訳より サムエル記上18章6節;皆が戻り,あのペリシテ人を討ったダビデも帰って来ると,イスラエルのあらゆる女たちが出て来て,太鼓を打ち,喜びの声をあげ,三弦琴を奏で,歌い踊りながらサウル王を迎えた。)

 星座絵を見ると大小二つの三角定規が並んでいることがありますが,これは,ポーランドの天文学者ヘベリウスが制定した“小さんかく座”が描かれているもので,現在では廃止された星座です。
 中国では,さんかく座の星々やアンドロメダ座γなどを含めて“天大将軍”でした。

 さんかく座で固有名を持つのはα星(3.4等)のカプト・トリアングリのみで,ラテン語で“三角形の頂点”という意味。メタラーという別名がありますが,こちらは“三角形”という意味のアラビア語,ラス・アル・ムタラートが語原です。

熊本県民天文台『星屑』2002年12月号掲載

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