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フォーマルハウトがロンドンで8度だという話は,野尻抱影氏の『星アラベスク』を読んで知った。その後,同じ野尻氏の著書でも『日本星名辞典』では6度と書いてあるのを見つけたが,プラネタリウムソフトで調べてみると,どうやら8度で正しいようだ。
ちなみに,北緯52度付近(ロンドンあたり)での他の1等星のおおよその高度を調べてみると,シリウス21度,リゲル30度,アンタレス11度,スピカ26度。おなじみの明るい星たちが,地を這うように日周運動していくことがわかる。
同じ星々を,京都府の私の自宅(北緯34.5度)付近から見るとどうなのか。
フォーマルハウト26度,シリウス39度,リゲル48度,アンタレス29度,スピカ44度。そしてロンドンから見えないカノープスは3度である。高度10度前後を通る星座は何かと見てみれば,鳳凰座,時計座,ほ座,ケンタウルス座,じょうぎ座,ぼうえんきょう座,つる座など,いかにもなじみの薄い南天の星座ばかり。ロンドンのフォーマルハウトが,例え京都で見るカノープスより高いにしても,如何に見えにくいものであるかを実感できる。
全天でも1等星(0等星を含む)と呼ばれる恒星は,せいぜい20個程の稀少な存在。だからなおさら,低く見えにくい輝星は南への憧れを誘う存在となるのだろう。
日本では,南天憧憬の代表格であるカノープス。-0.72等級のこの星は,シリウスに次ぎ全天2番目の明るさを誇る,りゅうこつ座のα星である。この明るい星が,ほんの少しの間だけ地平線上に顔を見せるのは,何と思わせぶりに見えることだろう。
その昔、中国の都長安(西安)では,地平線上にカノープスの輝きを見ることを吉として,天下太平の印,長生きの印として“南極老人星”あるいは単に“老人星”または“南極壽星”と呼んで尊んだ。長安の緯度は,奇しくも京都と同じ北緯34.5度なのだ。
この老人星の名は,日本にも伝わり各地でその名を残しているが,どうやらこの星,日本では尊ばれてばかりいたわけではなさそうだ。
布良星(めらぼし)という和名があって,暴風雨の前兆星とも言われてきた。漁民たちにとっては恐れの星である。
見えないものが見えるのは,時によっては怖いことなのかもしれない。
(1998-10-01)
【参考書】
●『日本星名辞典』 (野尻抱影 東京堂出版 1973)
●『星の方言集 日本の星』 (野尻抱影 中央公論社 1973)
●『星アラベスク』 (野尻抱影 河出書房新社 1977)