6.出逢いは極小

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 その日,私達は快晴の大台ヶ原で星空を楽しんでいたのだったが,ひととおり目的だった観望や撮影を済ませた後に,亮介が突然言い出した。
 「ミラが観たい」
 ミラ。我が家のパソコンMiraの名前の由来となった星。8月下旬の午前1時をまわったところで,ミラを抱くくじら座はそろそろ見やすい位置へ昇ってきている。彼がそれを観たいと言い出すことは,予想できるくらい理解できる話だった。

 しかし,まだまだたて座Rだけで精一杯である私の方は,とても他の変光星を観ているゆとりなどない。星図と星を比べることも,ほとんど違いなど判らないというのに,何が何でも星の明るさを目測しなければならないということも,どちらもとても気軽にできることではなかった。もし亮介が観たいと言った星がミラでなければ,絶対一緒に観ようなんて思わなかったことだろう。
 だけど,ミラなのだ。ミラ。我が家のパソコンに名前をくれた星。いくら面倒でも見ないなんて言うわけにはいかない。私は複雑な想いを抑えながら,ミラを見ようという亮介の提案に賛成した。

新しい望遠鏡 MK-67

 亮介もミラを見るのは初めてだったのだろう。(これを読んだ本人から,初めてではなかったとの申告があったが,そう思うくらいぎこちなかった。)
 星図を見ながら,新しい望遠鏡の慣れない倒立ファインダーと格闘している。いや,星図が苦手な私には“格闘している”ように見えただけで,実際には,彼はそんなに苦労だとも苦痛だとも感じていないのかも知れないし,もしかしたら導入という行為そのものを楽しんでいたのかもしれない。だが,とにかく,私にはそれは面倒で大変な行為にしか見えなかった。何しろミラは,秋の銀河がくっきり見えている暗い空の下,あるべき位置に全く見えていないのだ。見えてもいないものを導入するなんて!?
 でもきっと,変光星の観測というものは,往々にしてこういうものなんだろう。見えてもいない星を,星図を頼りに導入するのだ。例え周りに明るい星がなくたって。とてもじゃないけど,やってられない。
 私は何をするわけでもなく,ただミラを導入する亮介を見つめていた。

 「入った。」  やがて彼はそう言って,望遠鏡を私にあけ渡した。そしてどれがミラなのかを説明してくれる。亮介の説明を聞きながら一応星図を確認し,私は初めてミラと対面した。

 寂しい空間に,何の特徴もない星が光っている。
 横に並ぶ星の光度は 9.2等。ほとんどそれと変わらない。何て暗いのだろう!
 誰でも知っている有名な星だというのに,その姿はあまりにも地味だった。何だかそれが,とてもアンバランスに思えた。別に,見て特に面白いわけでもない。ただ「有名なミラを見た」ってだけのこと。
 それでも思い入れが激しかっただけあって,やっぱり何某かの感激があった。何しろ,あのMiraちゃん(パソコン)の星なのだ。見たことも,いや,見ようとしたこともなかった昨日までと比べたら,空のミラとも少しだけお近づきになれた気がして,嬉しさに心がはずむ。
 できたらこれで終わりにしたくない。できたらまた,ミラに会いたい。ミラが私の2番目の変光星になったら素敵ではないか。これから秋に向けて,ミラは見やすくなってくる。少なくとも位置的には見やすくなるはずだ。

 だが,それは儚い夢のように思われた。
 何しろ我が家のベランダから見る南天は,大阪の光害に包まれ,前述の通り南斗六星すら双眼鏡で確認せねばならないほどの明るさなのだ。そんな環境で,分かる星といえばたった一つ,ベータ星のデネブカイトスだけだというのに,あの面積だけはやたら大きいくじら座の中で9等星を導入するなんて。
 勿論,星図嫌いで面倒臭がりの私にとって,それは途方もなく無謀なことだった。


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