「どう思う?」と亮介に尋ね,返ってきた答に驚いた。
「星図が違っているんじゃない? 高橋さんから送ってきた資料にも二つ星図があったでしょ?」
そういえば,入っていた。私は『ミラ観測ハンドブック』に載っている星図を使って観測していたが,それとは別にもう1枚,確かに星図が送られてきていたことを思い出した。だけど,どうして星図が違うとデータがばらつくの?
早速,ミラキャンペーンの資料が入った封筒から,もう1枚の星図を出してみる。『ミラ観測ハンドブック』に載っている星図はわかりやすかったのに,こちらは光度以外にも番号(フラムスチード名)がふってあって,随分わかりにくい。面倒臭がりで星図嫌いの私は早速面倒になってしまったが,気を取り直して確認してみた。何と,星の明るさが違うではないか!
『ミラ観測ハンドブック』で4.1等になっているδ星は,こちらの星図では4.0等。また,いつも比較星に使っている5.3等の75番星は5.5等,5.5等の70番星は5.6等になっている。これだけ違っていたら,確かに目測にも影響してくることだろう。
何でこんなに光度が違う星図がキャンペーン資料に同封してあるのか,これらはどこのどういう資料なのかと疑問に思い,再びキャンペーン資料の封筒を紐解くと,ちゃんと書いてあった。
『ミラ観測ハンドブック』に載っている星図には暗い星が載っていないため,それを補う資料としてもう1枚の星図が添付されていたのだ。添付星図は,恒星社厚生閣『変光星図』(五味一明編)からの引用で,ハンドブックの方が最新の光度だと説明してある。多分,私が使っていた『ミラ観測ハンドブック』の変光星図は,初心者向けに,暗い星を削って極大時期に必要になりそうな星の光度のみ最新資料から持ち出し,特別に作った星図なのだろう。なかなか配慮されている。
しかし,星図によってこれほど光度が違っているなんて? 何だかスッキリしない気持ちになった。何で星図を統一できないのだろうか。これでは「観測結果よ,ばらついてくれ」と言っているようなものではないか。違った光度体系を使ったかもしれない観測結果を同じ土俵の上で論じるなんて,到底納得できない話だった。事実は一つしか無いというのに,それを測る基準がいくつもあるなんて? これは不思議としか言いようがない。
いつもの如く,亮介が質問の標的となる。「どっちの光度が正しいの?」
実のところ,亮介にも正解などなかった。星図によって異なる光度体系には,彼も最初は驚いたということだ。
新しい光度が正しいのかというと,一概にそう決められるわけでもないらしい。どこかで新しい星図が出版されると,それは“新しい星図”と呼ばれる。しかし,以前から使っていた光度体系が無くなるわけでもなければ,間違いになるわけでもない。新しい星図の光度体系が必ずしも人の目で見て納得のいくものばかりであるかどうかも分からないし,人によって星の明るさの見え方も異なっていて,どの光度体系がよいかを普遍的に決めることは難しいのだという。
でも,いつまでもこのままでも困るのでは? みんなで「この日からこの光度体系で観測しましょう」って決めるわけにはいかないの?
単純に疑問に思ったが,これもそんなに簡単にできるものではないらしい。最近ではCCDや光電管を使って正確な光度を測定し,そのための試みも行われているということだが,昔からの観測データをどう扱っていくかとか,世界各国の変光星観測者が一度にやらなければ意味が半減するとか,何だかやたらと複雑な事情が多いもよう。今日明日という単位で切り替えられるほど単純な問題ではないのだ。
要するに,いろんな星図が混在することも今現在はどうしようもないことで,その中で自分にとってよい星図を選び,それを信じて観測していくほかないのだろう。せめて,どの星図を使ってデータを出したかどうかだけでもしっかり記録に残しながら。とりあえず,今は『ミラ観測ハンドブック』の星図に従って観測しよう。
12月に入る頃,『ミラ観測ハンドブック』はすでにボロボロになりつつあった。