19.西没と薄明の狭間で

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Illustrated by Yukiko Tsuchiyama and Haruka Sakaguchi.

 やがて立春が過ぎ,私は初めて,身をもって“光の春”を体験しようとしていた。  少しずつ日が長くなり空に明るさが満ちていく2月を,ロシアの人は“光の春”と呼ぶというが,私にとって,春の明るさはミラを飲み込む太陽の光でもあった。
 そう,ミラは秋の星座くじら座に位置するため,春が近づくと次第に太陽に近づき見えにくくなっていく。

春

 12月半ば過ぎ,たて座Rのシーズン最後の観測の時は,たて座が日没直後に西の地平線近くに懸かる瞬間をねらって観測をしたものだった。薄明の中,慣れた星列をたどってたて座Rを探し出し,観測を終えるとほとんど同時にたて座Rは西没するという際どい観測。澄んだ冬空,暗い山の中,西に開けた視界の三拍子が揃ってできた遠征先での観測だった。西に天王山がそびえる我が家では,シーズン終わりに近づくと星は早々に没してしまう。たて座Rの観測納めは,日没時刻とたて座Rの西没時刻の差が縮まる中,如何にチャンスを掴み取るかが勝負だった。
 果たしてミラは,いつまで観測できるのか。2月に入ると,私は毎回最後の観測になることを覚悟しながら双眼鏡を覗くようになっていた。

 けれども,たて座Rの最終観測の記憶をたどっていた私は,やがて,日没が早く17時代に観測できた冬至の頃と,日に日に陽が長くなっていく2月とでは随分事情が異なっていることに気がついた。考えてみれば当然のことなのに,実際に星を追いかけてみないとこんなことにも気がつかない。
 夕方帰宅し,太陽が没しミラの西没時刻もほど遠く観測準備は万端だというのに,空が明るすぎて観測できないのだ。
 2月初旬頃までは帰宅後19時くらいに観測できていたものだが,徐々に薄明の終わる時刻が遅くなり,観測できる時刻も遅くなっていく。さらに困ったことに,ミラはだんだん暗くなり,観測には空の暗さが必要になっていた。だが空が暗くなるのを待っているうちにミラが沈んでしまう。

 帰宅後の忙しい夕刻時,私は暮れない空に苛立ちながら2月を過ごした。
 空よ,早く暗くなれ。
 “二月は逃げる”というけれど,2月の宵は,まさしく私からミラを逃がしているようなタイミングで暮れ続けた。5日か6日おきの観測時刻は少しずつだけど確実に遅くなっていく。春の光がミラを消し去ろうとしているのだった。


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