星の停車場 (13)
とけい座・レチクル座

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 1月の宵。そろそろ台頭してくる冬の星座で星空が賑やかになる頃のように思えますが,実はそうでもありません。夕刻から宵にかけての星空は,寂しい秋と賑やかな冬の端境期。東の空の一角は冬の星座で華美に彩られているものの,子午線上の目立つ星座はペルセウス座とおうし座のみ。あとは,オリオンの東を拠点に南へ流れるエリダヌス河と,馴染みのない南天の星座,とけい座・レチクル座・かじき座・ちょうこくぐ座が南中を迎えます。
 これら南天の4星座は,皆暗く,ちょうこくぐ座を除く3星座は日本本土から星座の全体像を見ることができません。このため話題に上ることも少なく,長く天文を趣味にしている人でも正確に星座を結ぶのは難しいかもしれませんね。
 今月は,この4星座の中で1月前半に子午線を通過する,とけい座とレチクル座についてご紹介しましょう。

 とけい座とレチクル座は隣り合わせに位置しており,いずれもフランスのニコラス・ルイ・ラカイユによって18世紀に新設されました。
 南天の星座ではありますが,とけい座αは熊本市で地平線から10度ほどの高さまで昇ってきます。ただし,とけい座αの光度は3.9等ですから,とても10度の高さで探し出せるとは思えませんね。一方レチクル座は,星座領域の一部が地平線上に昇って来ますが,熊本市でレチクル座の星を見ることはできません。
 この2星座の全貌は沖縄県那覇市まで行っても見ることはできず,赤道直下のシンガポールまで南下してようやく,地平線上25度〜30度の高さでレチクル座を見ることができるようになります。やはり,南方の国へ旅行した時に仰ぎ見る星座といえましょう。

 とけい座は,より正確な時計を求めて考案された振子時計を記念する星座と言われ,古くは“振子時計”というラテン語名を持ち,ラカイユの南天星図にも立派な振子時計の姿が描かれています。ラカイユの星座はとかく評判がよくありませんが,天文学の発展は時間の計測の歴史でもあと考えれば,記念すべき科学技術上の産物として時計が空に置かれたことも肯ける気がします。
 振子の等時運動を発見したのはガリレオ・ガリレイで,1583年頃。この原理を利用して1659年に振子時計を実用化したのは,オランダの物理学者ホイヘンス(1629-1695)でした。ホイヘンスは,1675年,腕時計に用いられる天桴(てんぷ)とヒゲゼンマイを考案し,時計の発展に大きな功績を残しています。ホイヘンスは,このほか弾性衝突の法則の発見,光の反射・屈折等を説明し波動説の基礎を作ったホイヘンスの原理の提唱など多くの研究を行いましたが,天文ファンとしては土星の環と衛星チタンの発見者として馴染み深いかもしれませんね。

 閑話休題,とけい座の星々を見てみましょう。
 とけい座は,もともと星座がなかった領域の星々を寄せ集めて作られた星座で,エリダヌス座の1等星アケルナルの東に位置しています。先述しましたようにα星は3.9等,それ以外の星は全て5等星(β:5.0,δ:4.9,ζ:5.2,η:5.3,ι:5.4,μ:5.1)で固有名がついた星もありません。
 これらの星を結んで時計の形を想像するのも容易ではありませんが,飛び出たα星を振子の重りだと思って見てみましょう。そして,β星に向かってうんと想像力を働かせてみると,思い切り立派な振子時計を描くことができますね?!

 お隣のレチクル座も,やはり暗い星ばかりです。α星が3.4等ですが,残りは4等星と5等星ばかり(β:3.9,γ:4.42-4.64,δ:4.6,ε:4.4,ι:5.0 )。これでは,例え北天にあったとしても,馴染みのない星座になってしまったかもしれません。

 ところでこの星座にあっては,まず“レチクル”が一般に馴染みのない言葉でありましょう。
 レチクルとは,望遠鏡の接眼鏡の視野に張り付ける十文字の網状の目盛(視準糸)のことで,1640年,英国の天文学者ウィリアム・ガスコイン(1612-1644)によって発明されたと言われます。レチクルの発明により,望遠鏡は物を拡大してみる道具から測定機器へと昇格しました。

 レチクル座は,ラカイユが彼の南天観測に使った望遠鏡の菱形のレチクルを記念して創設したとされていますが,ラカイユより以前に,ドイツ人のイザーク・ハブレヒト(シュトラスブルク:現フランス領ストラスブール出身)によって,星座“菱形”( Rhombus:ランバス)として描かれていたとも伝えられています。
 レチクル座は英語で“Net”といい,日本では昔“こあみ(小網)座”と訳されていました。もしも南天を見上げる機会がありましたら,大マゼラン雲の北でかすかに輝く,菱形の可愛らしい網の姿を探してみてくださいね。

熊本県民天文台『星屑』2002年1月号掲載

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