星の停車場 (26)
がか座・テーブルさん座

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 澄んだ夜空に明るい星々が燦然と輝く二月。一年でもっとも豪奢な星空に話題も尽きないところですが,今回は南天の暗い小星座,がか座とテーブルさん座をご紹介します。両方とも,18世紀のフランスの天文学者,ニコラス・ルイ・ラカイユ神父が制定し,彼の死後,遺著『Coelum Australe Sstelliferum』(1763)で公になった星座です。

 ラカイユ(1713-1762)は神学を学んだ司祭でしたが,独自で数学と天文学を学び,パリ天文台のJ.カッシニとの出会いをきっかけに天文の道へ進んだといわれます。天文学と同時に測地学の研究にも手を染めたラカイユは,地球が地軸に対して扁平であることをつきとめ,彼の喜望峰における観測は,月や太陽の視差値の改良と南天天体カタログの飛躍的改善に貢献し,南天に新たな14個の星座(らしんばん座を含む)を制定しました。ラカイユが制定した星座は暗くて分かりにくいものが多いのですが,ラカイユ自身の功績は,真実に光り輝くものだったのです。
 なお,J.カッシニは土星の環にある空隙を発見したJ.D.カッシニの息子で,カッシニ家は4代続いてパリ天文台長を務めています。

 まず,がか座から見ていきましょう。
 “がか”といえば“画家”を思い浮かべるかもしれませんが,星座になっているのは“画家”が使う“画架”の方。そう,絵を描く時にキャンバスを立てかける三脚の台,イーゼルのことです。日本では星座名に漢字を用いないことになっているので,ちょっと分かりにくいですね。英語では "the Painter's Easel"(画家のイーゼル)または "the Painter"(画家)です。
 “画家”ではなく“画架”座だと書いたばかりなのに英語では "the Painter"(画家)と呼ぶなんて,矛盾していますね? 少し詳しく書きますと,ラカイユがつけたオリジナルの名前は Equuleus Pictoris (画家の馬:画架)でしたが,ラカイユの星図には画架と共にパレットが描かれていたため Pluteum Pictoris(画家のパレット)と呼ばれることもありました。それを後の天文学者が Pictor(画家の)と省略して呼ぶことに決めたため,このように呼ばれることもあるのでしょう。

 ラカイユの星座は,18世紀当時に発明又は実用化された理化学機器,作図器具などが主ですが,がか座,ちょうこくぐ座,ちょうこくしつ座の3星座は美術関係の道具となっており,ラカイユの母国フランスで栄えた古典彫刻や絵画を記念したものではないかと考えられます。

 星図では2月10日20時の熊本市の空を再現してみましたが,星座の半分は地平線の下,しかも地平線上に出ている星(β:3.9等,η2:5.0等,η1:5.4等)も高度が低い上に暗いものばかりですから,実質上見えないと考えていいでしょう。はと座(Col)の南方にあり,探すときにはカノープス(αCar)がよい目印となります。固有名のついた星はありません。

 次に,テーブルさん座。
 これも漢字を使わないおかげで非常にわかりにくい星座名になったものの一つで,頂が平でテーブルのように見える山,“テーブル山”を記念した星座です。

 テーブル山は,アフリカ大陸のほぼ南端に位置する喜望峰の近く,ケープタウン市の南側に実在する海抜1087mの岩山で,1751-53年にかけて毎日この山を見上げながら星の観測をしたラカイユは,“ケープの雲”とも呼ばれた大マゼラン雲とひっかけて,大マゼランの近くの星域にテーブル山を再現したと言われます。
 実際にテーブル山の頂は度々雲に覆われ,土地の人々はこれをテーブルクロスと呼び,船乗りたちはテーブル山に雲があるか否かで天気を占ったといいます。ヨーロッパ人として初めてアフリカ大陸南端を航海したバーソロミュー・ディアスは,嵐の神々がテーブル山の台の上で嵐と暴風を創り出すのを見たといって,ここを“嵐の岬”と名づけました。嵐の岬は,後のバスコ・ダ・ガマのインド航路開拓を機会にポルトガル王によって“喜望峰”と改称され,今日に至ります。

 テーブルさん座は,大マゼラン雲と天の南極の間に位置し,その星たちは非常にかすか。固有名のついた星はなく,一番明るいα星でさえ5.1等です。このため星を繋いでテーブル山を描くのは困難ですが,この星座には優秀なガイドがついています。そう,テーブル山の上に広がるテーブルクロスを象徴した大マゼラン雲です。大マゼラン雲は,空が暗い所でなら南天を初めて見る人でも難なく肉眼で見つけられる天体ですから,これを頼りに喜望峰でのラカイユの観測生活に想いを馳せてみてはいかがでしょうか。

熊本県民天文台『星屑』2003年2月号掲載

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