グレゴリオ暦 Gregorian calendar

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 1582年,ユリウス暦に代わる暦としてローマ法王グレゴリウス13世によって導入された太陽暦で,一般的に4で割り切れる西暦年を閏年とするが,100で割り切れる年は閏年としない。ただし,そのうち400でも割り切れる年は例外的に閏(うるう)年とする。例えば1900年は4でも100でも割り切れるが400では割り切れず閏年にはならないが,2000年は4でも100でも400でも割り切れるため閏年となる。
 グレゴリオ暦の一年の平均日数は365.2425日で,真の太陽年(太陽が春分点を出てから次に春分点に達するまでの期間)である365.24219879日に極めて近いため,現在大部分の国で採用されている。

 この暦法は,ローマ・カトリック教会で復活祭(イースター)を一定の季節の範囲内におさめることを目的として導入されたもの。
 ローマ・カトリック教会では,325年,ローマ皇帝コンスタンティヌス1世によって召集されたニカエア公会議で“復活祭は春分後の最初の満月の後の日曜日で,春分の日は3月21日とする”と決められていたが,当時使われていたユリウス暦では春分がずれていき,16世紀半ばでは3月11日頃になってしまった。
 このため,グレゴリウス13世は 1577年に改暦委員会を組織。暦から10日を削って季節を戻し,ユリウス暦の1582年10月4日木曜の翌日を,グレゴリオ暦の10月15日金曜とすることが決められた。また同時に,これまで3月25日だった新年も1月1日とすることに決められた。

 イタリア,ポーランド,ポルトガル,スペインでは当初からグレゴリオ暦を導入し,これより少し遅れ,同年のうちにフランス,ベルギーが導入。
 オーストリア及び国内に宗教的対立があったドイツやネーデルラントでは,カトリックの州で1583年頃,プロテスタントの州では1700〜1701年にかけて導入。
 その他の国の導入年は,ハンガリーは1587年,スイスは州によって1583年〜1912年,チェコスロバキア1584年,デンマーク及びノルウェー1700年,イギリス及びその植民地では1752年,スウェーデン及びフィンランド1753年,アメリカ1783年,日本1873年,エジプト1875年,アルバニア及び中国1912年,ソビエト連邦1918年,ギリシア及びルーマニア1924年,トルコ1927年などとなっている(*)。
 日本は1月1日から実施したが,ほとんどの国は年の途中から改暦を行った。

 (*)これらの導入年は,資料によって異なるものがある。




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