さそり座の和名

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さそり座全体の和名

魚釣り星 (うおつりぼし)
鯛釣り星 (たいつりぼし)
漁星 (りょうぼし)
釣り星 (つりぼし)
“魚釣り星”“鯛釣り星”は,広島・山口・愛媛・香川など瀬戸内地方の漁師たちの間で呼ばれた名前で,さそり座のS字型を釣り糸と釣り針に見立てている。さそりの尾のピンと跳ねた部分が釣針。
同じ見方は各地にあって,“漁星”は倉橋島,“釣り星”は石川県能登地方。
南へ行くと,喜界島で“フスクーバイ”(その名の魚の針)と呼び,那覇地方では“イユチーヤブシ”(魚釣り星)“ヤキナマギー”(焼野の釣針)と呼ぶ。
また,南太平洋ポリネシアでも,さそり座を空にかかった釣針と見ている。この伝説では,さそり座は神人マウイが海の中からニュージーランド北島を釣り上げた時の釣り針である。
柳星 (やなぎぼし)
広島県呉市で見つかった名前で,さそり座を枝の垂れた柳の姿に見立てている。



α星アンタレスの和名

赤星 (あかぼし)
南の赤星 (みなみのあかぼし)
“赤星”は,佐賀・愛媛・香川・島根・岐阜・静岡・長野など各地に見られる名前で,アンタレスの赤い色に注目した名前である。冬の青星(シリウス)と対照的。
“南の赤星”は群馬県利根地方。
豊年星 (ほうねんぼし)
佐賀・香川・岐阜などで見つかっている名前。
アンタレスを収穫の神とし,収穫物が重くなる秋には赤くなると見た。アンタレスが赤いと豊年だという。
酒酔い星 (さかよいぼし)
酒買い星 (さけかいぼし)
酒売り星 (さけうりぼし)
“酒酔い星”は,大分県と山口県,“酒買い星”は福岡県,“酒売り星”は大分県で見つかっている。
赤い色が酒に酔っているように見えるからだろう。
午星 (うまぼし)
福井県小浜付近で伝わる名前で,北極星を北の星として“子の星”と呼ぶのに対し,アンタレスを南の星として“午星”と呼んだ。



かごかつぎ星

α星・τ星・σ星を合わせて呼ぶ和名

籠担ぎ星 (かごかつぎぼし)
籠担ぎ (かごかたぎ)
お籠星 (おかごぼし)
籠担い (かごにない)
“籠担ぎ星”は愛媛,島根,神奈川,茨城などの各地で見つかっている名前で,類似名が沢山存在する。
3個の星の並びを,農夫が作物の入った籠を両側に付けた天秤棒を担いでいる姿と見ている。左右の籠に当たるτ星とσ星が重たく垂れ下がっているように見える年は豊作になるという言い伝えもある。
“籠担ぎ”は山口県大島郡,“お籠星”は静岡県榛原郡,“籠担い”は愛媛県新居浜市。
嫁入り星 (よめいりぼし)
茨城県で“かごかつぎ”とともに見つかった名前で,籠を花嫁が乗る輿と見立てたもの。
商人星 (あきんどぼし)
商い星 (あきないぼし)
商売星 (しょうばいぼし)
“商人星”は,籠を担いでいるのを農夫の代わりに商人に見立てたもので,愛媛・高知・山口・広島・岡山・静岡・千葉の各県で報ぜられている。農夫の籠と見立てた場合は籠が垂れ下がって見えるのは豊作だったが,商人星の場合は,西端の星(σ)が垂れ下がって見える年は米の値段が安いと見る。
“商い星”も同じく中国・四国地方の名前で,愛媛・山口・広島・岡山で見つかっている。荷が重いので,棒がしなっていて商人(α星アンタレス)の顔は真っ赤なのだという。
“商売星”は愛媛県。同じく,中央の星(アンタレス)が高ければ商売繁昌の印と見る。
樽担ぎ星 (たるかつぎぼし)
島根県。籠担ぎの籠を樽と見た。
荷担ぎ星 (にかつぎぼし)
荷い星 (にないぼし)
荷物星 (にもつぼし)
“荷担ぎ星は”静岡県(興津),“荷い星”は兵庫県播州地方,“荷物星”は兵庫県姫路市。
何れも“籠担ぎ星”のバリエーション。
天秤星 (てんびんぼし)
天秤棒星 (てんびんぼうぼし)
棒手星 (ぼてぼし,ぼてーぼし)
朸星 (おーこぼし)
“天秤(棒)星”は,広島県と静岡県。“籠担ぎ”の棒を天秤棒に見立てている。
“棒手星”は,静岡県と千葉県。静岡での“棒手”は茶摘み用の大きな竹籠を指す。
“朸星”は奄美大島・岡山で知られ,朸(おうこ)とは,先端の尖った荷担ぎ棒のこと。奄美大島では“コーコプシ”という発音になり,籠担ぎ星のように角度の大小で農作物の豊凶を占った。なお,朸星の名は宮崎では明けの明星を指し,大分ではオリオン座の三ツ星を呼ぶ名となる。オリオン座の三ツ星とさそり座のα・τ・σには他にも共通の名が多く見られる。
親担ぎ星 (おやかつぎぼし)
親荷い星 (おやにないぼし)
愛知県・静岡県に見られる。
この名もオリオン座の三ツ星の呼び名として知られる地方が多い。
鯖売り星 (さばうりぼし)
鯖売り様 (さばうりさま)
鯖担ぎ (さばかたぎ)
鯖荷い (さばいない)
盆鯖売り星さん (ぼにさばうりほっさん)
魚売の星 (さかなうりのほし)
目くさりの鯖売り星 (めくさりのさばうりぼし)
“鯖売り星”は愛媛県。“籠担ぎ”の籠の中身を鯖と見た名前。
これを岡山県では“鯖売り様”と呼ぶ。やはり,籠の垂れ下がり具合で鯖の取れ高を占った。農村では鯖の代わりに蕎麦となり,“蕎麦売り様”と呼んだ。
“鯖担ぎ”は岡山県の山間の地方での呼び名。“鯖荷い”は瀬戸内地方。
“盆鯖売り星さん”は,香川県で,旧盆のころ鯖売り星が南に高く輝くことから。
“魚売りの星”は徳島県。
“目くさりの鯖売り星”は,徳島県,香川県。
塩売り星 (しおうりぼし)
塩汲み星 (しおくみぼし)
“塩売り星”は,岡山県・和歌山県で,鯖ではなく塩を売る商人に見立てたもの。σ・τ星の傾きにより塩の値段の上がったり下がったりすると言われた。
“塩汲み星”は兵庫県姫路市。東の籠には塩,西の籠には豆が入っていて,夏の初めには塩がよく取れるので東の籠が下がり,夏を過ぎると豆がとれて西の籠が重くなり垂れ下がると見ている。
麹荷い星 (こじないぼし)
大阪府羽曳野市で見つかった名前。
鯖や塩を売ると見たのと同様に,籠に入っているのを麹(こうじ)とし,麹売りの行商に見立てている。
粟荷い星 (あわいないぼし)
粟荷いさん (あわいないさん)
粟いにゃどん (あわいにゃどん)
稲荷い星 (いねいないぼし)
粟稲星 (あわいねぼし)
鹿児島県・熊本県・長崎県など九州地方で多く見つかる名前。
鯖・塩・麹と同じく,籠に入っているものが粟や稲になっている。籠の一方を粟,もう一方を米(稲)と見る場合もある。
“稲荷い星”は熊本県,“粟いにゃいどん”も熊本県八代市周辺。
“粟稲星”は鹿児島県枕崎市。



μ1星・μ2星もしくはω1星・ω2星の和名

角力取り星 (すもとりぼし) 角力取り星
小野川星 (おながわぼし)
愛媛県・山口県・広島県・島根県・和歌山県・静岡県などの各地。
μ1は3.0等(変光星),μ2は3.6等で,二つくっついて代わる代わる光っているように見えることから。
“すもとり星”は幾つもあると言われ,同じさそり座の頭部付近にあるω1(4.0等)とω2(4.3等)もその名を持っている。他に,おうし座のヒアデス星団にあるθ1・θ2も代表的“すもとり星”とされる。
静岡県相良町の“小野川星”は,相撲取りを名力士の名前で呼んだもの。
曾我星 (そがぼし)
静岡県御前崎町での名前で,2星を仲の良い兄弟と見る。
追いかけ星 (おいかけぼし)
広島県での名前。
四十ぐれ (しじゅうぐれ)
兵庫県宝塚市付近。
二つの星を見分けることが四十歳までは可能だが,それ以降,目が悪くなって見えなくなるという意味。
“角力取り星”と同様に「二つ・三つある」と言われていることから,μ1・μ2やω1・ω2のことを指す。
喧嘩星 (けんかぼし)
蹴合い星 (けあいぼし)
御輿星 (みこしぼし)
螢星 (ほたるぼし)
洗濯星 (せんだくぼし)
全て兵庫県の『はりまの星』で紹介されている名前。
“喧嘩星”や“蹴合い星”は“角力取り星”のバリエーションで,“御輿星”は御輿の鈴がキラキラ光るのに似ていることから。“洗濯星”は,「洗濯物を棒で打つように動く星」と見る。交互に光って見えるのが,めまぐるしい星という印象を作っている。
麦叩き星 (むぎたたきぼし)
広島県の農村で使われていた名前。
上記“洗濯星”と同様に,交互に光るように見える印象を,カラサオで麦の穂を叩く時の動作と重ねてみたもの。
唐臼星 (からすぼし)
同じく広島県の農村で使われていた名前。
交互に光るように見える印象を,米や麦を搗く(つく)農具である唐臼を踏む動作に見立てた。
子の名前は,岡山県の町ではさそり座のλ星・υ星の2星に対して使われる。
米搗き星 (こめつきぼし)
米搗き 麦搗き (こめつき むぎつき)
“米搗き星”は,岡山県六条院町と兵庫県姫路市で見つかっている名前。交互に光るように見える印象を,米を搗く時の動作に重ねている。
“米搗き 麦搗き”は岡山県小田郡。
脚布奪い星 (きゃふばいぼし)
褌奪い星 (ふんどしばいぼし)
“脚布奪い星”は,大分県・愛媛県で見つかった名前。“脚布”とは,女性の腰巻きのことで,ここでは織り姫が織った,五色に輝く雲錦で作られた脚布を指す。
織り姫は,七月七日の夜晴れるようにと,毎年天のおなご星たちへ1枚ずつ脚布を織ってプレゼントしていた。ところがある年,どうしても1枚足らなかった。丁度その時天の川で水浴びをしていた二人のおなご星たちが川から上がると,脚布は1枚しか置いていない。そこで二人のおなご星たちは,脚布の奪い合いを始めたのだ。そして,このおなご星の一方は雨を降らせる役の星だったため,この雨降り星さんが程良く脚布を手に入れられなかった年には大雨になるという。
争っているように交互に輝く星の印象が,奪い合いに転じたものだろう。
“褌奪い星”も同様の見方で,これは香川県高松市付近での名前。



λ星・υ星の和名

兄弟星 (おとどいぼし)
兄弟星 (きょうだいぼし)
五ろう十ろう 兄弟星
さそりの尻尾に輝くλ星(1.6等)とυ星(2.7等)は,共にB型スペクトルを持つ青い星で,西洋では“さそりの毒針”と呼ばれていたが,日本やポリネシアではきょうだいと見る伝説が残っている。
“兄弟星”(おとどいぼし)は,姫路・香川・山口・島根・広島・岡山・鳥取・静岡などの広範囲に渡って知られる名前で,岡山県では以下のような伝説が得られている。
昔,3人の子どもと母親が住んでおり,母は子ども達を寝かしつけた後,唐臼(μ1・μ2和名参照)を踏みに行った。そこへ鬼婆がやってきて母親を食い殺し,家へ入って末の子供を台所で食べていた。それを見た上の二人の兄弟は外へ逃げ出し,裏の松の木へよじ登ったところ,鬼婆が追いかけてくる。兄弟がなす術もなく「天道さま,助けて下さい」と祈ると,天から釣り針(魚釣り星参照)のついた鎖が下りてきて,兄弟はそれに乗って天に昇り星になった。
鬼婆も天道さまに祈ったが,下りてきたのは1本の腐った縄。縄は途中で切れ,鬼婆は真っ逆様に落ちてしまう。鬼婆が落ちたところには唐キビ(トウモロコシ)畑があり,鬼婆の血で赤く染められたため,穂や葉や茎に赤いブチができるようになった。
よく似た話がポリネシアのタヒチ島にあり,そこではピピンとレファという小さな兄妹が親に追いかけられ,この2星になったと伝えられている。
瀬戸内地方のあるところでは,“兄弟星”が“鯖荷い”(さばいない,α・τ・σ参照)を追っていると見る。
仲の悪い兄弟が星になったので,互いに石を投げ合っていてキラキラ瞬くのだという地方もある。
“きょうだいぼし”と呼ぶのは奈良県宇陀地方,“五ろう十ろう”(曾我兄弟のこと)は,静岡県小笠郡。
ところによって“兄弟星”(おとどいぼし)はμ1μ2・ω1ω2を指す場合,α・τ・σの3星を指す場合がある。
女夫星 (みょーとぼし)
静岡県榛原郡で見つかった名前。
蟹の眼 (かにのめ,がにのめ,がにめ)
静岡県各地での名前。
“蟹の目”は,ふたご座のα・βの名前とする地方が多いが,さそり座の2星を示している場合もある。

【参考】
 ●『星の方言集 日本の星』 野尻抱影著 中央公論社 (1973)
 ●『日本星名辞典』 野尻抱影著 株式会社東京堂出版 (1973)




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