星の停車場 (15)
いっかくじゅう座・とびうお座

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 3月になると煌びやかな冬の星座が少しずつ西へ傾き,淑やかな春の星座が台頭してきます。雛祭りの夜,冬の面影を惜しむように,まずはふたご座といっかくじゅう座が子午線を通過し,中旬に入るとこいぬ座が南中。その後はかすかな春の星座たちが静かに確実にやってきます。
 今月はそんな星座たちの中から,冬の銀河に紛れるいっかくじゅう座と,南天を泳ぐとびうお座をご紹介しましょう。

 天の赤道上に横たわるいっかくじゅう座は,おおよそ冬の第三角形(ベテルギウス・シリウス・プロキオン)の真ん中に位置していますが,東はうみへび座に接しており,意外に広い面積を持った星座です。
 いっかくじゅう座が象っているのは,想像上の動物ユニコーン(一角獣)。ギリシア語系ではモノケロスと呼び,星座名ではこちらが採用されています。設定は,1624年にドイツのヤコブス・バルチウスによるとするのが一般的ですが,それ以前の1564年頃の書物やペルシアの天球儀に既に描かれていたという説,1690年のヘベリウスの書物が最初とする説もあり,定かではないようです。古い星座絵では,この星座は一角獣のほか,馬,鹿,鼻先に角を持った魚などの図柄で描かれていました。

 さて,想像上の一角獣がどんな動物だったか,皆さんはご存じでしょうか? 額に突き出した長い1本の角を持つ,馬に似た動物ですね。古代ギリシア・ローマでは東の国に実在すると考えられており,古くはアッシリアの美術品にも登場しています。古代ギリシアでは,一角獣は霊験あらたかな動物で,角には解毒作用があり,足が速くてなかなかつかまらないと考えられていました。一角獣の角を砕いて薬にすれば悪魔から身を守ることができるともいわれ,多くのハンターが一角獣を狙い,王たちの宮殿では様々な詐欺が繰り広げられたとも伝えられます。
 中世ヨーロッパにおいては,一角獣は人間か人間の子供くらいの大きさだが,凶暴で捕まえることは困難,その一方処女の膝に乗るのが好きで,処女をおとりに捕らえて乳を飲ませれば大人しくついてくると言われました。処女を好む一角獣は,中世のキリスト教美術で処女マリアの象徴とされ,やがて宗教画にも登場することになります。
 また他の伝説によると,一角獣は世界で最も人里離れた寂しい場所,雲に覆われたヒマラヤの山々の頂に住んでいました。ヒマラヤ地方の人々は,三日月を一角獣の角の象徴,太陽と月を一角獣が行き来する姿と見ており,朝は太陽(獅子)が空の王座を勝ち取り,夕方になると太陽は月(一角獣)にその座を明け渡すのだということです。

 神秘的で捕らえどころのない幻の動物という伝説にふさわしく,いっかくじゅう座は冬の銀河に埋もれた探しづらい星座です。α星が3.9等,β星が3.8等,あとは4等星以下の暗い星ばかりで固有名がついた星もありません。
 この星座をたどってみるには,まずα星を探し出すとよいでしょう。シリウスとプロキオンを結んだ線を二等分し,そこから少し東へ視線をずらすと,周辺で一番明るい星がいっかくじゅう座αです。αから,ベテルギウスに向かって連なるδ(4.2等),18番星(4.5等),ε(4.3等)が胴体,εから南に二つの線を伸ばしてβとγ(4.0等)につなげると,これが2本の前足。εの北にある13番星(4.5等)が額に輝く角の付け根に当たります。
 オリオンの背後で銀河の闇に紛れた一角獣は,音を立てずにハンターオリオンに襲いかかる野獣の象徴とも見られています。

 次にご紹介するとびうお座は,天の南極付近の星座で日本からは全く見ることができません。赤道直下のシンガポール市まで南下すると,ようやく地平線から20度くらいの高さで南中します。4等前後の暗い星ばかりという事情も手伝って,日本人には馴染みの薄い星座ではないでしょうか。
 とびうお座は,ヨハン・バイエルがオランダの航海士ケイザー(ラテン語名ペトルス・テオドリ)の手記を参考に,1603年『ウラノメトリア』に収録し設定した星座の一つです。ケイザーと助手のホウトマンは,当時のヨーロッパ人には珍しい南の動植物などを中心に南天に12個の星座を設定し,バイエルは,はえ座を除く11星座を採用しました。バイエルははえ座の代わりに“みつばち座”を設けましたが,後にラカイユによって訂正され,12星座は全て現在使われています。

 とびうお座は,アルゴ座(りゅうこつ座)αカノープスとβミアプラキドゥスの間に挟まれた小星座で,星座絵を見ると,アルゴ船にまとわりついて戯れているように描かれています。トビウオの頭に当たるα星が4.0等,背びれのβが3.8等,尾のγが3.8等,腹びれのζが4.0等。固有名を持つ星はありません。
 とびうお座の西隣にはかじき座がありますが,実際の海の上でもカジキは船の近くを飛び跳ねて遊び,トビウオの群れを追いかけてエサにするということです。

熊本県民天文台『星屑』2002年3月号掲載

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