秋の空は寂しいと言われますが,調べてみると,10月の午後8時に南中する星座は確かに暗い星座ばかりです。
上旬にインディアン座,こうま座,はちぶんぎ座,やぎ座,中旬にケフェウス座,下旬につる座,とかげ座,ペガスス座,みずがめ座,みなみのうお座。これら南中を迎える星座のうち,南天にあるインディアン座は一部しか見えず,はちぶんぎ座は全く見えません。やぎ座とみずがめ座は黄道12星座として有名ですが,明るい星座ではありません。ペガスス座の“ペガススの四辺形”と呼ばれる大きな四角形と,みなみのうお座の1等星フォーマルハウトのみが目立つ明るい星と言えるでしょう。
今回は,そんな秋の星座の中で,ひっそりと輝く2星座についてお話ししましょう。
まず,秋の空に高々と輝く小星座,こうま座から。
こうま座は,いるか座とペガススの頭の間にある,全天で2番目に小さな星座です。一番小さい星座,みなみじゅうじ座(南十字星)は日本から見えませんので,こうま座は私たちが見ることのできる一番小さな星座ということになります。星座絵を見ると,天馬ペガススの顔の横にこうまの顔が描かれており,まるでペガススと並んで走っているかのようです。
こうま座は暗い星ばかりの小さな星座ですが,古くから知られている星座で“トレミー(プトレマイオスの英語名)の48星座”の一つ。設定者はギリシアの天文学者ヒッパルコス(前190-前125)で,それ以前はいるか座の一部であったと言われています。α(3.9等)・β(5.2等)・γ(4.7等)・δ(4.5等)で作る不等辺四角形は,決して明るくはありませんが,星が少ない領域にあるため意外に分かりやすい星座です。
こうま座についての神話はありませんが,星座となった馬については,以下のような説が知られています。
・伝令神ヘルメスが馬術の名人カストルに贈った名馬で,ペガススの兄弟ケレリス
・ヘラがポルックスに贈ったキルラリス,
・ポセイドンがアテナとアテナイの守護神の地位を競った際,三又の鉾で岩を砕いて岩 から出現させた馬
・旧約聖書「エステル記」4章に登場する馬
馬の頭だけしかないため,この星座は,ラテン語で“馬の一部(Sectio Equi)”“馬の頭(Equi Caput)”と呼ばれてきました。余談ですが,隣のペガススも下半身は雲の中でぼやけていますね。ペガススより一足先に昇ってくることから“第一の馬(Equus Primus)”“前の馬(Equus Prior)”,ペガススより小さいことから“小馬(Equi Minoris,Equus Minor)”と呼ばれたりもしました。
アラビア語でも,同じく“第一の馬”という意味のアル・ファラス・アル・アワル,ペガススより小さいことから“第二の馬”という意味のアル・ファラス・アル・ターニー,“馬の一部”という意味のアル・キトア・アル・ファラスという名が知られ,最後の名はα星の固有名キタルファの語源にもなっています。
うさぎ座の項でもお話ししましたが,小星座では,星座全体の名前が一番明るい星の名として用いられることが多く,これもその一例です。
次に,非常にマイナーな星座,インディアン座をご紹介しましょう。
インディアン座はこうま座のずっと南にあり,日本からはα星(3.1等),θ星(4.4等)など一部を見ることができますが,最北のα星でさえも熊本での南中高度は10度。探し出すのは難しいと思います。固有名を持つ星もありません。
けれども,この星座は大航海時代の浪漫と苦難を忍ばせる南天きっての象徴的な星座なのです。日本では,昔“いんどじん(インド人)座”という名で呼ばれていたことがありますが,この星座が指す“インディアン”はアメリカ先住民族のこと。1974年に現行の“インディアン座”に改められました。星座絵には,両手に矢を持った裸体のアメリカインディアンの姿が描かれています。もともと16世紀の航海者たちの間で知られていた星座を,ドイツのヨハン・バイエルが1603年に発行した『ウラノメトリア』において正式に書き表し,一般に知られるようになったといいます。
大航海時代。ヨーロッパではコロンブスのアメリカ大陸到達,マゼラン隊の世界一周など地理上の発見が相次ぎ,これに伴って南天の星空が知られるようになりました。しかし,この時代の航海はたいへん厳しいもので,例えば1519年に237名でスペインを出発したマゼラン隊のうち3年後スペインへ生還したのはたったの18名。マゼラン自身も旅の途中で亡くなっています。
インディアン座は,こうしたスペインによる西半球への旅を記念して南天の星空の中へ置かれました。