星の停車場 (8)
へびつかい座

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 手にしたへびと共に夏の南天を埋め尽くすへびつかい座。ギリシア神話では,アポロンと,お喋りカラスの嘘でアポロンに殺されてしまったコロニスの子,アスクレピオスの姿です。
 アスクレピオスは,いて座になったケンタウルス族の賢者ケイロンに育てられて医者になりますが,あまりの優秀さに死者までも甦らせてしまいます。慌てた冥府の王プルトーンはゼウスに訴え,ゼウスもやむなくアスクレピオスに雷撃を下し,彼は星座となりました。何度も脱皮して成長する蛇は,古来から不思議な再生力を持つ医術のシンボルとされ,星座でも常にアスクレピオスと共にいるのだと言います。
 そのあまりに広大な面積のため探しにくい星座と思われがちですが,へびつかい座は決して探し出せないほど暗い星座ではなく,2等星から4等星の星々には固有名も知られています。

 まず,2.1等のα星。ラス・アルハゲという名があることは,よく知られていますね。ラサルハグェ,ラサラグェ,アルハグェ,ラス・アルハガスなど様々な表記がありますが,すべて“蛇を持つ者の頭”という意味のアラビア語,ラス・アル・ハワーが語源。星名によくある,星座上の位置を示した名前です。

 β星(2.9等)は,ケバルライ,ケルブ・アルライ,シェレブ,ケレブなどと呼ばれますが,全て“羊飼いの犬”を意味するアラビア語カルブ・アル・ライが語源です。アラビア語で“犬”と“心臓”の綴りが似ているため,“羊飼いの心臓”と説明している本もありますが,後述する“天の牧場”で羊の番をした羊飼いの犬と考えれば自然です。

 さて,その“天の牧場”のお話ですが,古代アラビアでは,こと座・ヘルクレス座・へびつかい座・へび座のあたりを,広い天の牧草地としていました。牧場には羊飼いと羊飼いを助ける犬がいて,羊達のお守りをしています。羊飼いは,α星ラスアルハゲ。犬は,β星ケバルライとする説と,ヘルクレス座αである説があるようです。
 牧場は二つの柵で仕切られており,北側にある柵は,ナサク・アル・シャーミヤー(北の境界線)といい,これを構成する星々は,こと座γ(3.2等)・β(3.8)−ヘルクレス座ν(4.4)・ξ(3.7)・μ(3.4)・λ(4.4)・δ(3.1)・β(2.8)・γ(3.8)・κ(5.0)−へび座γ(3.9)・β(3.7)。また,南側にある柵は,ナサク・アル・ヤマニー(南の境界線)といい,へびつかい座ξ(3.5)・η(2.4)・ζ(2.6)・υ(4.6)・ε(3.2)・δ(2.7)−へび座μ(3.5)・ε(3.7)・α(2.7)・δ(3.8)を結んだ曲線。これら二本の柵に囲まれた星域には,へびつかい座ι・κやヘルクレス座のこん棒あたりの星で象る羊がいるのです。
 広い広い牧場ですね。空が大きく開けたところで,牧場を駆け回る羊達を想像してみたら楽しいかも知れません。

 γ星(3.7等)はムリフェンという名で呼ばれていますが,この名の由来は不明とされます。おおいぬ座γ星にも同じ名がついており,こちらには“犬の頭”というアラビア語のアル・ムリフェインが語源という説明がなされており,β星を“羊飼いの犬”とするなら,隣のγ星がその頭であっても不思議ではないかもしれませんね。

 δ星イェッド・プリオルは“前の手”という意味で,“手”を意味するアラビア語イアドと,“前の方”を意味するラテン語プリオルの結合語。アスクレピオスの左手に位置しており,従来イェッド(手)という名で呼ばれていた星に対し,後世になってプリオルという指示語をつけてできた名前です。このとき,それ以前は名前を持たなかった隣のε星にイェッド・ポステリオル(後の手)という名がつけられたのでしょう。
 ε星はユーフラテス地方で“死の男”という名で呼ばれており,現代の占星学でも「へびつかいの手は不吉な星」とする名残が残っています。

 η星サビクは“第二の勝利者”を意味するアラビア語,アル・ザビク・アト・ターニが語源で,ζ星を“第一の勝利者”アル・サビク・アル・アワールと呼んだのに対してつけられた名前と言います。勝利者とは,へびつかい座が両足で巨大なさそり座を踏みつけているように見えることが由来となっており,ζとηは,各々アスクレピオスの左脚と右脚のひざに位置しています。

 λ星(3.8等)マルフィクは,へびつかいの左手のひじに当たることから,“ひじ”を意味するアラビア語アル・マルフィクが語源になってついた名前です。お隣のヘルクレス座には,マルファクというよく似た名前がついた星があります(κ星)が,この星もヘルクレスのひじに位置し,アラビア語のアル・マルフィクが語源。このように,星座上の位置を表すアラビア語が語源になった星名には,他の星座に語源を同じくする類似の名前が見られることがあります。

熊本県民天文台『星屑』2001年8月号掲載

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