熊本ではそろそろ黄砂が心配な季節になってきますが,2月,冷たく澄んだ大気の向こうには1年で最も豪華な星空が広がっています。星座の王様とも讃えられるオリオン座は,そんな2月を象徴するかのように月半ばの15日20時に子午線を通過します。
特徴的な三つ星とそれを囲む四つの星で象られるこの星座は,古代から世界各地で注目され様々な神話を生んできました。ギリシア神話によると,オリオンは海神ポセイドンと女人の国アマゾンの女王エウリュアレーの間に生まれたハンサムな巨人で狩りの名人。月と狩りの女神アルテミスの愛人でしたが,オリオンを嫌っていたアルテミスの兄アポロンの策略で,アルテミスはオリオンを射殺してしまいます。悲しんだアルテミスは,ゼウスに頼んでオリオンを自分の通り道(白道)の近くにおいてもらいました。
別の神話では,オリオンが自分を地上一の強者と豪語したため,ヘラ又は大地の女神ガイアの怒りを買って,女神に送られたサソリに刺されてあっけなく死んでしまったということです。こちらはオリオン座がさそり座の正反対の位置にあり,決して同じ空に昇らないことを示唆した神話です。
オリオン座は,このほか多くの地域で腰に帯かベルトをつけた巨人の姿とされていましたが,全く違った見方をした民族もありました。
例えばペルーのチムー族では,オリオンの真ん中の星εを犯罪者,その両脇のδとζは犯罪者を捕らえている武装兵,三つ星を囲うα・β・γ・κの4星は犯罪者をむさぼり食うためにやってきたコンドルの姿と見ていましたし,中国では大きな人の下半身の一部,マーシャル諸島ではタコ,ボルネオ島のダヤク族では動物を捕らえる罠と見ています。
これらの神話や星の結び方については,またいつかの機会にゆっくりお話しすることにいたしましょう。オリオン座の明るい星にはほとんど固有名がついていますので,今回もα星から順番に見ていきます。
オリオンの右肩で赤く輝くα星ベテルギウスは,0.0等〜1.3等の範囲で不規則に変光する変光星。“巨人のわきの下”という意味で,アラビア語のイブト・アル・ジャウザ(白い帯をしたヒツジのわきの下)が語源です。分かりにくいですが,これが訛って“ベテルギウス”に変化しています。アル・ジャウザ(白い帯をしたヒツジ)は三つ星とγ・κを呼ぶ古代アラビアの星座で,これに対しαとβはライ・アル・ジャウザ(白い帯をした羊飼い)でした。
赤いα星に対し,青白いβ星リゲルは0.1等。“巨人の左足”という意味のアラビア語,リジル・アル・ジャウザが語源です。古代詩の中にはアルゲバル,レゲル,リグロンなどという名で登場することもあったようです。
左肩のγ星はリゲルと同じく青白い1.6等星で,名前はベラトリックス。ラテン語で女戦士という意味です。戦士オリオンを女性化した名前と考えられていますが,オリオンの母がアマゾンの女王だったことに関係するのでは,という説もあります。
アラビア名はアル・ナジド(勝利者)で,アル・ムルジム・アル・ナジド(吠える勝利者)と紹介されていることもあり,自分の存在を主張して,又は明るいリゲルが昇ってくることを予告して吠えるライオンの姿だということです。またアマゾンの神話では,ベラトリックスはカヌーに乗る少年の姿。占星術では,この星の下に生まれた人は偉大な運命を持ち,特に女性は雄弁な舌を持つのだそうです。
次に,三つ星を一つずつ見てみましょう。三つの星には各々,星座上の位置“帯”に関係する名前が付いています。
まず一番西の,δ星(2.2等)ミンタカ。“巨人の帯”という意味のアラビア語,アル・ミンタカ・アル・ジャウザが語源です。この星は天の赤道のほぼ真上にあるため,真東から昇り真西に没する星として知られます。
三つ星の真ん中ε星(1.7等)はアルニラムといい,“真珠の帯”という意味のアラビア語,アル・ニタムが語源。もともとは三つ星全体を指す名前でした。
そして一番東側のζ星(1.8等)は,アルニタク。語源は“帯”という意味のアラビア語アル・ニタクです。
このほか,オリオンの右足κ(2.1等)と三つ星の南西にあるη(3.4等)には,同じサイフという名前が付いています。この名は“巨人の剣”を意味するアラビア語,サイフ・アル・ジャバルが語源で,もとはオリオンの剣θ・ι・42番星を呼んだ名前でした。
その剣の真ん中の星ι(2.8等)には,アラビア語で“剣の中の明るい星”という意味のナイル・アル・サイフという名が知られています。ハチサという固有名が紹介されている場合もありますが,この名の語源は不明です。
最後にオリオンの頭,λ星(3.4等)。メイサ又はヘカーという名が知られますが,どちらも“光る星”という意味のアラビア語,アル・マイサンが語源。ふたご座γ(アルメイサム:意気揚々と行進するもの)の名前が変化してこの星の固有名になったということです。