図書室や書店でひたすら本の背表紙を眺めて過ごした中高生時代。読むに至らなかったのに記憶に残る印象的な書名が幾つかあった。『リリー・マルレーンを聴いたことがありますか』はその一つ。
リリー・マルレーンとは何なのか?
”聴く”ことが可能な何かだろうということしか分からなかった私は、その本に敢えて手を伸ばすことができなかったのだった。そうしていつか、そんなことも忘れて大人になった。
ところが数年前、ラジオドイツ語講座で思いがけずリリー・マルレーンに出会った。リリー・マルレーンとは歌だった。第二次大戦下、ドイツ兵の士気を高めるためにラジオで流された恋人との別れの歌だったのだ。ラジオ講座で聞いたのは、まさに、最初にドイツ兵士に向けてドイツ占領下のベオグラードのラジオ局から流された、そのときの録音だった。
戦火の中、リリー・マルレーンは連合国兵士の間にも広がってゆき、やがては敵味方を越えて歌い継がれる伝説の歌になってゆく。ラジオ講座で、語学というより人の世を学んでいる気がしたものだった。
その後、1981年の西ドイツ映画「リリー・マルレーン」を見た。
この映画は、リリー・マルレーンを歌った歌手ラーレ・アンデルセンの自伝を基に作られた映画だそうだが、あまりにも劇的で、平和にのほほんと暮らす私は息をのむばかり。
映画の中で何回も何回も繰り返し流れるリリー・マルレーンが、戦争という見知らぬ社会現象への覗き穴になっていて、遠い国の遠い時代と映画を結びつけているような気がした。