白い毛が

 今朝。
 洗面所の鏡の前を小さな白いものがフワフワと飛んでいた。
 懐かしい光景だ。
 ベリー,まだいたのね。

 今朝箪笥から出して着たのは,この秋初めての冬用Tシャツ。
 きっとこの服にベリーのダウンがくっついていたのだ。

 空中の毛をそっと指で確保し,ベリーの毛を集めた壜に収納した。

(2020-10-21)
(2020-10-21)
(2020-08-07)
(2020-08-07)
(2019-05-28)
(2019-05-28)

 ベリーの毛はどこにでもついてきたものだった。
 一度など,羽田から飛行機に乗って席に座ったら,目の前をベリーの毛が飛んでいた。

 こうして,ふとした瞬間にベリーの名残と会える機会も,季節が一巡する来年にはなくなってしまうのだろうな。

 寂しいなあ。

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辛い時は感受性が高くなる

 ベリーが去ってから,思考の海に漂って過ごすことが多くなった。
 心をつなぎ止めていた岸を失って,再び這い上がれる場所を探していたのかも知れない。

 そのために必要なことは文学作品を読むことだった。
 先人の知恵や言葉が必要だった。

 久しぶりに色々な作品を読んだ。
 若い頃とは違った心と知識を持って読む文学の世界は,確かに以前より大きく思考に関与し感情に寄り添ってくれた。


移動祝祭日

 「ベリーは私達の移動祝祭日なのだ」と,ある日思った。
 ヘミングウェイの『移動祝祭日』の冒頭に書かれた言葉が記憶に残っていて,それを思い出したのだった。

もしきみが幸運にも青年時代にパリに住んだとすれば、きみが残りの人生をどこで過そうともパリはきみについてまわる。
なぜならパリは移動祝祭日だからだ。

移動祝祭日』ヘミングウェイ, 福田陸太郎訳


 ベリーは楽しく賑やかで刺激的で愛情細やかで,彼がいた日々は私にとって毎日が人生のお祭りだった。私がこの後どこでどんな人生を過ごそうとも,ベリーは必ずや私の心の中に住んでいる。ベリーはいつも一緒にいるだろう。
 だから,ベリーは私の移動祝祭日なのだ。

(2021-05-21)
(2021-05-21)

 ヘミングウェイが,晩年,死の直前になって若かった頃を思い出して作品。
 そう思って読むと,この先の私の人生の中でのベリーの存在についてヒントが得られる気がした。


土佐日記

 高校の古典の授業以来ずっとご無沙汰で,名前すら記憶の底に沈んでいた紀貫之。彼に,突然シンパシーを抱く日が来ようとは。

 土佐での国司の仕事を終え,帰京の旅の日々を書いた『土佐日記』。
 日本最初の紀行文学とか,かなの散文で綴られた最初の日記とか,そんな話は私にとって単なる知識。心に響いたのは,土佐へ向かう旅では元気だった娘が,京都への帰路の旅では一緒にいない。『土佐日記』が,そのやるせなさを発露する日記であるということだ。

都へと思ふをものの悲しきは帰らぬ人のあればなりけり
有るものと忘れつつ猶亡き人を何処と問ふぞ悲しかりける

『土佐日記』紀貫之



 娘がもういないことなど信じたくない。なのに,ふとした瞬間に,どうしてもその事実に気がついてしまう。そんな瞬間の,どうしようもない喪失感と悲しさが心に染みる。
 これは今の私の姿であり,そして数年後の私の姿だ…。

 この家に引っ越して来た時には元気だったベリー。この家をとても気に入ったベリー。
 この家から去る時に,私はきっとこの和歌を思い出す。
 越してきたのは夏の暑い日だった。暑さと疲れで気を失いそうになりながら,重いケージを抱えて歩いた。ベンチでベリーと一緒に一休みした。新しい家に着くと,ベリーはすぐに理解して寛ぎ,毛繕いを始めた。なのに,この家から去る時ベリーはいないのだ。

 ここがベリーの終焉の地になる可能性が非常に高いとは,引っ越して来た時からわかっていた。なので,引っ越して来た時のベリーのことをよく覚えている。
 そして,ベリーと共に住んだ4軒の家の中で,この家がベリーの一番のお気に入りの家になり,ベリーはここで本当に楽しそうに毎日を過ごしていた。
 この家から去る時,どんなにか悲しい気持ちになることだろう。

 1000年前も今も,人は喪失の悲しみと向き合って生きていく。人によってはこうして言葉を紡いで悲しみと向き合うのだ。

(2018-07-15)
(2018-07-15)
(2018-07-20)
(2018-07-20)

伊勢物語

遂にゆく道とはかねて聞きしかど昨日今日とは思はざりしを

『伊勢物語』在原業平


 伊勢物語の最終段に書かれ,古今集にも収録されているこの和歌は,ベリーとの別れの時そのものを詠んだ歌に思われ染み入った。
 前日まで,その日の直前まで,いつもと同じ平穏な時間を過ごしていた。ベリーとの別れはいつか来るとは知っていながら,それは「いつかゆく道」であって,今日のことだとは夢にも思わず当日を迎えた。

 あぁでもやって来るのだ。遂にゆく道が。

(2022-06-25 09:25)
(2022-06-25 09:25)

 ね,ベリー。思いもしなかったよ。
 この写真を撮った時,5日後があなたとの永遠の別れの日になるなんて。

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11月のベリー記念日

 毎月1日はベリーの日。
 そして7月と11月はベリー記念日。11月1日はベリーが我が家にやってきた日,7月1日はベリーが去ってしまった日だから。
 ベリーがやってきた19年前以降,初めて迎えるベリーがいない11月1日だ。


 我が家に迎えるオカメインコの名前はベリー。
 それは最初から決まっていた。

 まずは数ヶ月ほどオカメインコの本を読んだり,ネットで飼っている方のホームページを探して読んだりして情報収集。その後,うちのベリーちゃんを探す旅に出た。
 週末毎にペットショップや小鳥屋さんを巡って沢山のオカメインコを見た。成鳥も雛も。
 だが選ぶ決め手がない。この中から1羽だけ連れ帰るとか無理では?

 そうやってベリーを探し回って1年が過ぎようとしていた2003年10月25日。
 とあるホームセンターのペット売り場だった。雛鳥が雑多に集められた水槽の中にベリーを見つけた。一目でピンときた。この子がベリーだ!

 その場で店の人に話をつけ,1週間後の11月1日に引き取ることが決まった。


 2003年11月1日。
 お店で支払いを済ませてベリーを引き取り,自分の車の中に戻るとすぐにベリーを箱から出して,用意していたキャリングケースに移した。
 このキャリングケースはダイソーで買ってきた100円の小物入れだったが,ベリーサイズで丁度良く,その後もベリーを病院へ連れて行く時にいつも使っていた。今年の7月にベリーが息を引き取ったのも,同じケースの中だった。

(2003-11-01)
(2003-11-01)
ベリーのキャリングケース(2003-10-28購入)
ベリーのキャリングケース(2003-10-28 ダイソーで購入)

 お迎えした日のベリー。

(2003-11-01)
(2003-11-01)
(2003-11-01)
(2003-11-01)

 ↓ 最初から最後まで使ったプラスティックのキャリングケース。
  ケースごと洗濯ネットに入れてキャリングケースとして使用した。

(2021-03-31)
(2021-03-31)

 ベリーを迎えた2003年11月1日。
 ベリーをキャリングケースに移すと,その足で動物病院へ行って健康診断をしてもらった。
 獣医師さんによると,ベリーがいたホームセンターのペット売り場は管理環境が悪く,犬や猫もトラブルが多い。ベリーも栄養状態が悪く大変痩せている。でもこれからしっかり食べて太っていけば丈夫になるだろうとのことだった。


 ベリーの飼育用に,ペットショップの雛鳥売り場のような感じにパインチップを敷いた水槽を準備していたが,その獣医師さんにケージで飼った方が良いとアドバイスされた。このため,帰宅するとベリーを一旦準備した保温水槽に入れ,ケージの保温対策をすることになった。
 ケージにヒーターを入れただけでは寒そうなので,段ボールでケージを覆って保温することにしたのだった。

 段ボールの工作をしていると,水槽の中からその様子を見ていたベリーは,そのうちやたらと羽ばたいたり,止まり木をよじ登って水槽から出ようと模索し始めた。もの凄く頑張って水槽から出ようとしている。こちらに来たくてたまらないという感じだ。

 (↓ 当時のデジカメは性能が悪い…。)

(2003-11-01 15:34)
(2003-11-01 15:34)

 オカメインコの本に,お迎えしたばかりのオカメインコはビクビクしているので,一人静かにさせ,むやみに目を合わせて怖がらせないように,ってなことが書いてあった。なのに,目を合わせないどころか自分からこっちにやってくるよ??

 仕方がないので水槽から出してやると,さっきうちに来たばかりだというのに,ベリーはケージの上にやってきて,寛いだ様子で興味深そうに段ボール工作の作業を眺めていた。まるで以前からいたかのように,自然に「うちの子」っぽいではないか。

 話が違う。オカメインコは臆病で新しい環境に馴染むには時間がかかるはずでは??


 ベリーを迎えることに決めて1週間だったので,まだ用品が揃っていなかった。早速体重を量って用意する餌の量など考えなければならないが,秤もない。
 段ボール工作でケージの準備を整え,ベリーをケージの中に落ち着かせると,今度はベリーの体重計にする秤を買うために,再びホームセンターに向かった。


 11月なので,秤などを買って家に帰ると既に暗くなっていた。
 まだオカメインコと暮らすことに慣れていなかったので,部屋の照明をつけて出かけることに思い至らず,帰宅すると部屋は真っ暗。
 ベリーのケージの前に「ただいま」を言いに行くと,ベリーは「フッ!フッ!フッ!」と何度も鼻を鳴らし首を振って怒りを表した。

 「家族になった筈なのによくも一人で放置してくれたな!」とお怒りだったのだ。

 最初,私は何を怒られているのかわからなかった。
 何しろオカメインコと暮らすのは初めて。子どもの頃に十姉妹と文鳥と九官鳥を飼ったことがあったが,インコ・オウムは未経験。鳥も怒ると猫のように「フッ!」と鼻を鳴らすなんて知らなかった。それでもベリーがとても怒っていることだけはよくわかった。

 夜の挿し餌の前に早速ベリーの体重を量ってみると,66gしかなかった。
 これは『ザ・オカメインコ』によると,これは生後13日の体重だ! もう一人餌の訓練をし羽ばたきもしているのだから,80~90gはあってもいいはずではないか?

 獣医師さんが仰った通り,ベリーが如何に痩せて栄養状態が悪い様相なのか,私達は数字を見てようやく把握した。オカメインコを見慣れていなかったので,見た目だけでは痩せていることに気づけなかったのだ。

 挿し餌は本当に大変だった。どれだけ口に入ったのかわからないが,とにかくもう食べなくなるまで餌を食べさせ,就寝させた。私たちの食事はその後,もう22時を越えていた。
 疲れた一日だった。私達も,そしておそらくベリーも。


 翌朝,再びあの悪夢のような挿し餌をするのかと疲れ切った気分で目を覚ました。

 朝8時15分,部屋のカーテンを開けると,「ピュイ!」とベリーの声が聞こえた。
 覆いをはずすと,ご飯を欲しがってすごい勢いで鳴く。痩せているが元気は良い。餌の前に体重を量ると64g。
 1時間半もかけて朝の餌を与え,私は朝からクタクタだった。

 そして,このお迎え翌日の朝の挿し餌中に,ベリーは初飛行をした。
 餌やり用のトレイから,30cmほど離れた私の肩まで飛んできたのだった。本によると,オカメインコの初飛行は生後42日頃で,初飛行する子の体重は92g。ベリーはたったの64g…!

 ベリーは栄養失調で痩せていたが,飛べるくらい成長しているのだということ,ペットショップから連れてきて一晩しか経っていないのに,肩に飛んでくるほど私と家族になったことを理解しているのだということが分かった。


 ペットショップでベリーを引き取るときにベリーの出身と誕生日を訊ねたが,店は全く把握していなかった。そんなことも知らずに管理できるものだろうかと疑問だった。
 ベリーの誕生日は,この初飛行の日付から逆算し,私達が決めた。


(2003-11-03 17:56)
(2003-11-03 17:56)

 3日目になると,ベリーは「ベリー」と声を掛けられる度に「ギュア!」と返事をするようになった。既に自分の名前を把握していたのだった。
 また,音楽が好きな子に育てようと一日中クラシック音楽を流していたが,バッハの無伴奏チェロをかけると静かになるなど,音楽を楽しんでいる様子も観察できた。

 5日目になると白湯を読めるようになり,「ベリーおいで」と呼ばれたらこちらへやって来るようになった。

(2003-11-15)
(2003-11-15)

 ベリーは迎えたその日から,好奇心旺盛で,気が強く,賢いオカメインコだったと思う。

 雛鳥の時の栄養状態の悪さは,もしかしたらその後のベリーに悪い影響があったのかもしれない。ベリーはこの1年後,2004年11月3日に重症の肺炎になり命を落としかけた。獣医師さんには助かる可能性半々くらいだと言われたが,看病の甲斐があって完治した。
 その後,14歳でアスペルギルスを発症し1年ほど治療した。
 ベリーは概ね元気に幸せに暮らしたが,呼吸器系はが弱かったようだ。健康診断の時,かつて鼻炎になって治った形跡があるとも言われたことがある(私は気づけなかった)。

カメラ慣れ(2014-12-09)
カメラ慣れ(2014-12-09)
(2017-10-11)
(2017-10-11)

 ベリーと会えなくて凄く寂しい。とても辛い。本当に寂しい。
 まだまだ思い出すとたまらない。ベリーと会いたい。
 一目でいいから会えたら,ありがとうとさようならをちゃんと伝えたい。
 そう思って涙が出てくる。

 でもベリーと出会って,19年も一緒に過ごせた事実に,言葉にできないほど深く感謝している。
 ベリーというオカメインコに出会えた偶然に,心から感謝している。
 ベリーありがとう。

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