1週間が過ぎて

 2022年7月8日。
 再び金曜日が巡ってきた。

 1週間前の今頃は,まだベリーは生きていた。
 1週間前の今頃は,ベリーはケージの中で穏やかに毛繕いしていた。
 1週間前の今頃,あの悪夢の発作が始まった。
 1週間前の今頃,病院に電話が繋がった。
 1週間前の今頃,地下鉄の中でベリーの背中を撫でた。
 1週間前の今頃,ベリーは逝ってしまった…。

 一日中1週間前のベリーの軌跡をたどっていた。
 考えれば苦しいのに,考えざるを得ない。

 だが1週間も経ったのだ…。
 そしてベリーが生きていた日は刻一刻と遠ざかり,二度と戻らない。

 1週間その作業から目を背け逃げ続けていたけれど,いい加減に遺品を片付けていかなければならない。生きている者は先に進まなければならないし,ベリーが生きていた時のままを保って帰って来ないベリーを待ち続けるようなことをしていてはいけない。…きっといけない気がする。
 自分が生きて進んでいくためには,片付けて,心にけじめをつけるべきなのだと思う。

 分かってはいるものの,何と難しいことだろうか?!

ベリーが楽しんだ跡(2022-07-08 11:44)
ベリーが楽しんだ跡(2022-07-08 11:44)

 ベリーが毎日囓って遊んでいたキムワイプの箱を崩してみたものの,とてもじゃないが,これを捨てるなんてできやしないと思った。
 誰が見てもボロ紙のゴミだけど,私にとっては二度と手に入らない思い出の品,宝物なのだ。

 キムワイプの箱は平たく潰し,ベリーの書類ファイルを作りそこに収納した。


 食べ残したベリーのご飯をどうしよう。
 シードは2週間前に開けたばかり。艶々のヒエやアワたちがたっぷり残っている。上等なシードなので見るからに美味しそうだ。
 ペレットも開けたばかりだし,粟穂なんて開けたばかりでまだ1本しか食べていない!

 ベリー,あなたが毎日ギャーギャー言って欲しがっていた大好きなご飯がまだこんなに残っているのに,食べもしないで逝っちゃうの?
 ねぇ食べに帰ってきて。

 また心臓が締めつけられる。
 心を殺さなければ片付けることもできやしない。

ベリーが食べ残したご飯(2022-07-08 16:16)
ベリーが食べ残したご飯(2022-07-08 16:16)
(2019-09-03)
(2019-09-03)
(2019-09-03)

 ペレットは仕方ないのでそのままごみ箱へ。
 ペレットはご機嫌でお腹がそこそこ満たされた後に食べるおやつだった。でも赤いのばかり好んで食べていた。緑もたまには食べたかな。これは3月に買って4月くらいに開けたものだったっけ…。

 シードと粟穂はどうしても捨てる気になれず,そのまま戸棚にしまった。
 シードは植物の種。生き物なのだ。
 動物は他の生物を食べなければ生きていけない。このシードたちは小鳥に食べられるために大切に育てられ,こうやって袋に入れられている時点で自分の命を捧げているのだ。
 ベリーを失い,このシードたちの命をも無碍にするのは辛すぎる。

 せめて野鳥さんにでも食べてもらえれば良いが,我が家はマンションの上階で,野鳥さんに来ていただける環境ではない。

 シードはコロナ禍も踏まえ一年くらいは安心できるように在庫を持っていたので,この他にまだ封を切っていないものが3袋も残っていた。
 ベリーはまだ2〜3年は余裕で生きていることを疑っていなかった…。

 シードのことはまた今度考えよう。今はこれ以上無理だ。

ベリーが最後まで遊んだ玩具(2022-08-05)
ベリーが最後まで遊んだ玩具(2022-08-05)

 ベリーが子供の頃に食べていたボレー粉を入れていた黒い蓋の壜は,中身を捨てて,ベリーが最後に遊んでいた,そしてベリーのお葬式でも飾った玩具を入れておくことにした。


 粟穂は袋の口を開けてみると,美味しそうな匂いがする。

 ねぇ,ベリー。この美味しい粟穂,もっとあげたかった。
 あなたが喜んで食べるところを見たかった。

 粟穂の袋もシードと一緒に一旦戸棚に入れた。

もっとあげたかったおやつ(2022-07-08 16:20)
もっとあげたかったおやつ(2022-07-08 16:20)
(2020-05-01)
(2020-05-01)

 食べ物を片付け,それからケージの棚の下に準備してあった,ベリーのケージサイズに整えた新聞紙を片付ける。
 新聞紙はいつもこんな風にケージの底の形に整形し,毎日交換していた。
 長方形に切った方は上の止まり木の下に敷いていた。

 ベリーはフン切り網の上に乗っているこの長方形の新聞紙の上で粟穂を食べたり,或いはこの新聞紙を破って遊んだり,自由に活用したものだった。
 ベリーがまだ子供だった頃からの私達とベリーのやり方だった。

要らなくなったケージサイズの新聞紙(2022-07-08 16:22)
要らなくなったケージサイズの新聞紙(2022-07-08 16:22)

 この日できたのはこれだけ。
 たったこれだけの作業がどれほど辛いことか。

 この日,安部元総理が銃撃されるというテロが起こった。
 ベリーを失ったばかりの私達は安部元総理の命が助かることを願ったが叶わなかった。
 このテロ事件はベリーを失った悲しい7月の記憶として忘れられない気がする。

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哀悼の文月

 10年以上前の七夕の日,とある場所に書き殴った。
 小学生だった昔から,私にとって7月は愛鳥を想う悲しい月だった。


 小学校三年生だった7月7日。七夕飾りを作るのに夢中になっていた私は、後ろから私を追って飛んできた愛鳥に気づかずドアを閉め、挟まれた愛鳥は命を落とした。
 雛から育ててとても仲良しだった文鳥を、自ら死に追いやってしまった。
  9歳になったばかりの私にはあまりに重く辛いことで、滅多に泣かない子どもだったけれど、そのときだけはいつまでもいつまでも泣き続けた。どんなに泣いても泣いても、何の役にも立たない。文鳥は冷たいままで、二度と私に甘えてくれることはない。全てが私の不注意のせいで。
 40年以上経った今でも断末魔の叫びが耳の中に残っている。
 以来、七夕の夜は私にとって逝ってしまった愛鳥のことを思い出す夜になった。七夕飾りは二度と作っていない。
 あの子の分まで、今一緒にいるオカメインコと楽しく過ごす。ぜったいに。ぜったいに気をつける。ドアの開け閉めも窓の開け閉めもその他の危険なもの全てに。だからお願い、見守っていて。
 悲しみとのつきあい方は覚えても、悲しみそのものはどれだけ時が経っても消えないのだと、七夕が巡り来るたびに思う。信じられないくらい沢山の時間が流れたというのに、今日になってもあの日に戻ったみたいに涙が流れ出ようとして困る。


 そして,とうとうそのオカメインコのベリーも逝ってしまった。
 同じ7月に。
 とてもとても大切にして可愛がってきたつもりだったのに,まだまだ数年は一緒にいられるつもりだったのに,あの日のように突然逝ってしまった。

 2022年の七夕はベリーが逝って1週間が過ぎた日。
 ひたすら涙を抑え追悼する日だった。

(2018-07-20)
(2018-07-20)

 この写真は4年前の7月。今の家に引っ越して来た直後のベリー。
 引越で乗った飛行機の貨物室で暴れた時の傷が鼻の周辺に残っている。

 ベリーは3回飛行機に乗って引越をした。そのうち2回は7月だった。
 引越が多くて苦労かけたね…。

 最初の引越は6歳の時。飛行機から降りて迎えに行くと彫像のように固まっていて,ショックで返事もできない状態だった。
 2回目と3回目は「知ってるよ」と言わんばかりの余裕振り。新しい家にも初日から馴染んでいたね。

 ねぇベリー,次の家にも一緒に引っ越したかったよ。
 でもきっと一緒にいるよね。ベリーが私のそばにいないはずないよね…。
 

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カレンダーのパンチ

 2022年7月4日。
 ベリーがいない3回目の朝がきた。

 早朝の静かすぎる部屋で,カレンダーを見つめた。

 このカレンダーを貼ったとき,まさか2022年の後半はベリーがいなくなるなんて想像もしていなかった。

 ふとみると,カレンダーの下の方に,ベリーが嘴でパンチを入れた跡がたくさん。
 あぁベリーが生きた証だ。
 私達の目を盗んでここでパンチを入れながら,ベリーはさぞかし楽しかったことだろう。目に浮かぶようだ。

 新しい物を見つけるとすぐに嬉々としてパンチを入れにやってきたベリー。
 「こら!」って言われることを含めて彼は楽しんでいた。

 あぁもうそれも見られないし,パンチを入れられることもないのだ。
 たまらなく寂しく,ベリーが生きていた1月とベリーがいなくなった7月が並んだカレンダーが悲しかった。

ベリーがパンチを入れた今年のカレンダー(2022-07-04 06:17)
ベリーがパンチを入れた今年のカレンダー(2022-07-04 06:17)

 今年の元日。
 2022年もベリーがいて,新しいカレンダーの前にいるベリーを撮れたことを喜んだ。なのに,これが新しいカレンダーの前でベリーを撮る最後になってしまったのだ。

 カレンダーの前にベリーがいるのを見つけると,その年にベリーが一緒であった記念に写真を撮るようにしていたのだった。

(2022-01-01)
(2022-01-01)
(2018-06-19)
(2018-06-19)
(2017-12-27)
(2017-12-27)

 何をしても頭の中はベリーでいっぱい。
 一瞬もベリーを忘れて過ごすことができない。苦しすぎた。
 なぜあんなことが起こってしまったのか。
 私がもっと上手に的確に行動すればベリーを救えたのではないか。
 いや,そもそも私の世話が良くなかったから,ベリーは某かの問題を抱えていたのではないだろうか。

 自分を責める材料なら事欠かない。
 ベリーにもう会えないという現実に加え,自分を責めることまでしてしまうため,心はボロボロ。何をしても楽しい気持ちになれそうにないし,楽しい気持ちになれる日が来る自信もない。

 私が悲しそうにしているとベリーはいつも心配してくれた。きっとベリーは最期まで私を信頼してくれていたはずだ。そう思ってみても,とても気持ちは晴れなかった。


ベリーを忍んで飾ろう(2022-07-04 09:16)
ベリーを忍んで飾ろう(2022-07-04 09:16)

 いなくなったベリーの代わりにベリーの思い出を飾ろう。

 ベリーと一緒に過ごした羊毛フェルトのオカメインコを,先月作ったばかりのお人形に抱かせた。ベリーが生きている時間に作った最後のお人形になってしまった。お人形が出来上がった時に,もっとちゃんとベリーに見せてあげれば良かった。ベリーに見せた写真を撮っておけばよかったと,またしても後悔がつのる。ベリーは私がこのお人形の顔を描くところをずっと見ていた筈なのに。

おやつを食べるベリー(2018-02-02,14歳)
おやつを食べるベリー(2018-02-02,14歳)
羊毛フェルトのオカメとベリー(2018-12-29,15歳)
羊毛フェルトのオカメとベリー(2018-12-29,15歳)

 ベリーは新しい物を見せてもらうのが大好きなオカメインコだった。
 新しいお人形が来る度に見に来たし,宅配便で荷物が届けば,中身を見せろとギャーギャー言ってケージの端にへばりついて私の目を見て訴えていたものだ。

 母が送ってくれた新しいクリスマス飾りも,わざわざケージから出てきて熱心に眺めていた。

クリスマス飾りを熱心に眺めるベリー(2018-12-07,15歳)
クリスマス飾りを熱心に眺めるベリー(2018-12-07,15歳)

 まだまだベリーに見せたい新しい物はいくらでもあったのに。
 あぁこの先私が生きている限り,新しい物を買う度にベリーに見せたかったと思うのだろう。


 この日の私にできたのは,昔の写真を眺めてベリーを思い,くよくよすることだけだった。
 ベリーは戻らないのだから,色々片付けなければならないのは分かっていたが,辛すぎて無理だった。

 ピヨと答える声を聞けないのは分かっていても,一日中ベリーの名前を呼んでいた。
 ベリーがいた時と同じように,ことある毎にベリーを呼び続けていた。


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