ベリーが使った電気

 電気代が高いガス代が高いと値上げのニュースに事欠かないこの頃。
 一応節電に気をつけているものの,我が家はそれほど電気料金が上がっていない。むしろ少し安くなっているような気すらする。

 東京電力のマイページで電気料金と電気使用量を確認してみた。
 殊更暑かった昨年7月は前年比で少しばかり料金も使用量も上がっていたが,それ以降は,料金はほぼ昨年と同じか少し低い。
 そもそも目に見えて節電できるほど無駄な電気を使っていた覚えはないのだが,そんなに節電できているのか?

 だが,電気使用量を見てわかった。
 昨夏以降の毎月の電気使用量が,綺麗に昨年の5分の1になっていたのだった。

 要するに,ベリーがいなくなった後,電気使用量がきっちり前年の5分の4になっていた。

 そうか…我が家の電気代の1/5はベリーの分だったんだね。
 冬を暖かくし,夏に人間が冷房をつけてもベリーは30℃。検証のしようもないけれど,この電気代はベリーが体温を維持することを助けてくれて,ベリーが体力をすり減らさないようにしていてくれたのだろう。
 ありがとう電気!

(2021-04-23)
(2021-04-23)
(2021-07-19)
(2021-07-19)
(2018-12-18)
(2018-12-18)

 昨年の夏以降,綺麗に4/5に減った電気使用量のグラフを見て,この差分がベリーだと思うととても切ない気持ちになったのだった。

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6月下旬のベリー (2)

 本日はベリーの月命日。
 7ヶ月経った。

 ベリーの最後の月の振り返り写真シリーズもこれが最後になる。
 この先のこのブログは,ベリーとの暮らしをもっと昔から振り返っていく予定。振り返ればあっという間に過ぎた19年間だったが,同じようにベリーは今もいつも一緒にいる。ベリーの面影が心の中から消え去ることは決してないのだと思う。


 これはベリーが逝く1週間前。
 お気に入りの場所でいつものように寛ぐベリーがいる風景を撮った。この平和な光景がずっとずっと続いて欲しいと思いながら撮った。まさか1週間後にベリーが逝ってしまうなどとは思いもせずに撮った日常の大好きな一コマだった。
 日常は変わっていく。いつかなってしまう。分かっていた。だからこの風景を愛おしいと思った瞬間に残しておきたいと思って撮った。撮ってくれたこの時の自分に感謝したい。

(2022-06-23 07:42)
(2022-06-23 07:42)

 これも同じく。亡くなる5日前のベリー。
 朝のいつもの風景。

(2022-06-25 07:50)
(2022-06-25 07:50)

 その後ベリーは珍しくテーブルの方へやってきた。珍しかったから撮った。
 カメラを意識して嬉しそうだ。「撮られる=愛でられる」と思っていたらしいベリーは撮られるといつも自慢げにしていた。スマホだろうがコンパクトカメラだろうが一眼レフだろうが,撮られるということが同じであることもベリーは理解していた。でも撮った写真には全く興味なかったね。

(2022-06-25 09:25)
(2022-06-25 09:25)

 私がPCで作業を始めると,私を見下ろす位置にあるこの場所へ来て寛ぐことも多かった。
 この朝はそんな気分だったようだ。
 こうして色々な場所で楽しそうにしたり寛いだりしているベリーを見かける度にできるだけ撮ってきたが,それでも私が手を離せない状態な時にベリーが行きがちな場所での写真は1枚もないなぁと思う。もっともっと撮っておけば良かったのにというのは,後からだから思うこと。その時はできなかったのだろう。
 撮れなかった場所のベリーは記憶の中で再生している。

(2022-06-26 08:19)
(2022-06-26 08:19)

 これが元気なベリーの最後の写真。
 この3日後にベリーは逝ってしまった。

 私が PCで何かしていたので,ベリーは私のPCのモニターの上にやってきたのだ。せっかくベリーが近くに来てくれたというのに,この時の私はモニターの前にぶら下がって動き回るベリーの長い尻尾が邪魔だったので,撮ったあと,ベリーを上の写真の温度計の場所に移動させてしまったのだった。
 かまって欲しくて近くにきたベリーと,もっと遊んであげれば良かった。
 でも,それが日常生活というものなのだろう…。ベリー,会いたいな。会いたいな。

(2022-06-28 06:44)
(2022-06-28 06:44)
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6月下旬のベリー (1)

 この写真を撮った瞬間を,今も鮮明に思い出すことができる。
 早朝。ケージの多い布を外し,体重を量ってベリーを外に出す。ベリーはしばらくお気に入りの場所で寛いだ後,ケージに帰って朝食を食べ,また出てくる。
 その,また出てきた時の写真だ。
 私が近づくとベリーは嬉しそうに足を上げて握る動作をし,「あ」とご機嫌な声を出した。あまりの愛おしさにこの瞬間を残そうとシャッターを切ったのだった。
 この穏やかで幸せな朝の時間。まさか10日後に逝ってしまうだなんて,予想ができようはずもない。
 お気に入りの1枚。永遠に覚えている瞬間。

(2022-06-20 06:45)
(2022-06-20 06:45)

 ベリーはいつも,ここに座っているお人形に寄り添って居眠りをしたりして寛いでいた。
 別のお人形に替えてもやっぱり寄り添うのかな?と思って,この朝は別のお人形を置いてみたのだった。
 ベリーはちょっと違和感を覚えている風だったが,いつも通りお人形の後ろで寛ぎはじめた。

(2022-06-20 07:35)
(2022-06-20 07:35)

 翌日いつものお人形に戻すと,この方がベリーも落ち着くようだった。
 この幸せそうな顔を,もっと守ってあげたかった。
 この日は私の誕生日で,ベリーと共に迎えられたことを感謝しつつこの写真を撮った。3ヶ月後,無事に今度はベリーの誕生日を祝えるつもりでいたのだった。

(2022-06-24 07:31)
(2022-06-24 07:31)
(2022-06-24 07:31)
(2022-06-24 07:31)

 本当にどうしてこんなに愛おしい存在なのだろうか,オカメインコって。
 10年以上前の写真を見ると,可愛かったなーと少し俯瞰して思えるのだが,亡くなる直前の写真は本当にまだまだたまらない気持ちになる。

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