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まず,オリオン座 の東の明るい星を探してみてください。もし天の川が見える暗い空の下ならば,オリオンの右肩に輝くベテルギウスから,その東を南北に流れる天の川に,そして川の対岸に目を移してみてください。少々黄色みを帯びた明るい星が輝いています。それがこいぬ座 のα星,プロキオンです。
プロキオンはオリオン座 のベテルギウス,全天一明るい恒星,おおいぬ座 のシリウスと結んで,“冬の大三角”と呼ばれる美しい正三角形を作っていますから,もし見つけた星がプロキオンかどうか自信がないときは,ベテルギウスとシリウスとその星を繋ぎ,美しい三角形になるかどうか確認してみてください。都会の市街地でも見える明るい星ばかりですから,きっとわかると思います。
こいぬ座 の主な星は,プロキオンとβ星ゴメイザの2星だけ。犬の形を想像するのは難しいかもしれませんが,プロキオンを犬の胴体,ゴメイザを犬の顔だと思って見てみると,意外に犬に見えてきませんか?
ですが,本当のところ,こいぬ座 は,最も古い星座の一つではありますが,星の並びから作られた星座ではありません。
“プロキオン”といういう名は,“犬の前に”“犬の先駆け”という意味のギリシア語が語源で,その名のとおり,犬=Dog Star=シリウスより先に上ることからついた名前です。つまり,おおいぬ座 やこいぬ座 の成立以前から,シリウスは犬の星,プロキオンはシリウスとペアになった小さな犬の星であり,大きな犬の星の周辺にはおおいぬ座 が,小さな犬の星の周辺にはこいぬ座 が作られたというわけです。
β星ゴメイザの名は“かすかなもの”“涙ぐんでいるもの”という意味ですが,これも元はプロキオンにつけられた名前で,プロキオンがシリウスより暗いことが由来だと言われています。
シリウスとプロキオンは日本でもペアの星として見られ,シリウスを“大星”,プロキオンを“小さな大星”,また,プロキオンを“色白”,シリウスを“南の色白”と呼んだ記録が残っています。
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プロキオンとシリウスがペアだったこともあり,こいぬ座 の伝説の多くはおおいぬ座 と共に,あるいは混同して語られ,その一番ポピュラーなものは,大犬と小犬はオリオンが連れた2匹の猟犬であるというものです。
別の神話では,大犬と小犬は,主人のアクタイオンをかみ殺した猟犬たちであるとされています。
アクタイオンは,音楽・医術・太陽などの神アポロンの孫で,農芸の神アリスタイオスの子。いて座 になったケンタウルスの賢者ケイロンに育てられ,狩りの名手として知られていました。
ある日,50匹の猟犬を連れてキタイロンの山へ鹿狩りに出かけたアクタイオンは,共にいた友人たちとはぐれ,一人谷間へと迷い込んでしまいます。ところが偶然にも,そこでニンフたちに囲まれて水浴びをする美しい裸身の女性を見かけるのですが,運の悪いことに,それは狩りを終えて一休みする,月と狩猟の女神アルテミスの姿でした。潔癖性の処女神として知られるアルテミスは,恥ずかしさのあまり「話せるものなら,裸のアルテミスを見たと言いふらすがよい!」という呪いの言葉と共に,アクタイオンにひとすくいの水をはねかけます。
女神の怒りによってアクタイオンの姿はたちまち1匹の鹿となり,突然現れた鹿に驚いた50匹の猟犬たちは,主人の変わり果てた姿とも知らず鹿になったアクタイオンを食い殺してしまいました。哀れな犬たちはその後も自分たちが殺してしまった主人をさがし求め,この中の1匹メランポスがこいぬ座 になったのだということです。
また,主にこいぬ座 と結びつけられている物語として,殺された主人イカリオスの墓前で飢え死にしてしまった忠犬メーラの伝説もあります。
イカリオスは,アテネ近くのアッチカの王で,豊穣とぶどう酒の神ディオニュソスから初めてワインの作り方を教えられた男でした。イカリオスは,出来上がったワインが大変美味しかったため気前よく配下の農夫達にも分け与えたのでしたが,酔っぱらった彼らはイカリオスが毒を飲ませたのだと勘違いし,イカリオスを八つ裂きにして殺してしまいます。
イカリオスが可愛がっていた犬のメーラは,イカリオスの娘エーリゴネのところへ行き,彼女の服をひっぱってイカリオスの亡骸が埋められた場所へと案内しました。父の死を知ったエーリゴネは絶望し,その場で命を絶ってしまいます。残されたメーラも飢え死にするまでそこに留まり,その忠誠心が讃えられ こいぬ座 として空にあげられたのだということです。後にアテネでは毎年イカリオスとエーリゴネの栄誉を讃えるようになり,そこでは,イカリオスはうしかい座 に,エーリゴネはおとめ座 になったとされています。
ところでイカリオスを殺した者たちは,アッチカの海岸を離れケオス島へ逃げましたが,自身が犯した悪事から逃げることはできず,Dog Star=シリウス(プロキオンと混同されています)がもたらす焼けつくような気候のため(参照:おおいぬ座 の Dog days),凶作と病気で苦しむことになりました。
ケオス島のアリスタイオス王が,父である太陽神アポロンの助言に従ってゼウスに祈ると,ゼウスは,毎年 Dog Star が昇った後40日間,ギリシアとその島々全ての暑さを和らげるために吹く,エテジア風を送ってくれるようになりました。以降,ケオス島の司祭たちは,毎年 Dog Star が上る前に生け贄をするようになったのだそうです。
最後に,神話とは全く関係のない,星空の中での印象を単純に物語る見方をご紹介しておきましょう。
まず,ほとんど完璧な長方形であるふたご座 を,カストルとポルックスが食事をするテーブルに見立てます。大犬と小犬の2匹の犬は,テーブルからこぼれるパン屑を辛抱強く待っているのです。そう,ふたご座 とプロキオンの間にばらまかれている5等〜6等の暗い星たちが,落ちてきたパン屑です。
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こいぬ座 のお話については星の停車場もご参照ください。星の固有名については星のるつぼでも解説しています。
こいぬ座βゴメイザの名前の由来と,シリウス・カノープス・プロキオンの伝説については冬の三人姉妹をご覧下さい。